2017.06.20


プレイヤーとオーディエンスならきれいに対義語となるでしょうか。

netkeiba で興味深い記事を見つけたので、口やかましくならない程度に感想を書こうと思います。

【座談会】“海外競馬”の取材現場は? ―「競馬メディアのあり方」を騎手・記者・評論家が徹底討論 - netkeiba.com

タイトル通り、競馬メディアのあり方についての記事。上記のリンクはいわゆる4ページ目で、その前に福永、柏木集保らの座談会とサッカー、野球との対比が掲載されています。

取材の実態やジョッキーと記者との距離感、新聞の関係者コメントがみんな同じなどという妥当な?意見も飛び交っていて、面白い企画という印象ですね。ゴシップぽいテイストも悪くないのですが、程度を心得ているならこうした正面からはいる切り口の方が好みですね。



リンク先の記事ではウオッカのジャパンカップ後、記者質問の際のエピソードが紹介されています。武豊からルメールへの乗り替わりについて、Blood-Horse 誌のレイ・ポーリックが乗り替わりの経緯と決裁者についてド直球で質問し、日本人記者が凍りつくような場面があったとのこと。

当時に限らず、乗り替わりの経緯はなかなか議論されませんよね。取材記者との間で突っ込んだ質疑になりにくいのは、取材対象者への配慮なり遠慮からとは察しがつきます。事実を覆うような配慮は行き過ぎと思いますが、「勘弁してあげたら」「節操がないな」という感想をもつケースもありました。

個人的な経験ですが、キングカメハメハの故障引退後、ウマ科学会のゲストに招かれていた松国師に故障の経緯と責任を問い詰めるやり取りを目撃していまして、さすがにTPOを欠いた姿勢と感じたことがあり。基調講演の質疑応答のタイミングでしたからね、取材ならその後に改めるべきでしょう。

同じ事実確認をするにしてもタイミングやニュアンスは大切にしてほしいですし、こちらも大事なポイントにしながら目にしたいですね。お互い感情のあるいきものですから。

レイ・ポーリックの姿勢も間違いではないでしょうが、どちらかの価値を極端に押し進めることが健全とはあまり思っておらず。ソフトランディング的に歩み寄る姿勢が理想ですね。

といいつつ、例えばエージェント制ひとつ取っても、往々にして極端に振れて見ないと価値観の補正は効かないようにも思っていまして。人間が寄せ集まると不器用なものなのかなぁと若干達観するところもございます。

取材の慣習にはお国柄もでるでしょうから、それを踏まえてバランスよく客観性が保てていると素敵なのですけどね。海外からの注目が増えるほどにそうも行かなくなってくるかもしれません。



…島田さんのコラムよろしく、行ったきり元のテーマ設定に帰ってこれない気がしてきましたw

いまいまはプレイヤーに己のパフォーマンスを分析させる場面が常態化しているように思います。これが行き過ぎるのはあまり健全でないのかな、と感じたことを書きたかったのですよw

自己都合誘導といいますか、ポジショントークとしてのコメントがでてしまうケースもゼロではないでしょうし(悪意であってもなくても)、すべてのジョッキーがレース直後に高いレベルで客観的な分析をし続けられる訳でもないでしょう。そうしたコメントを均す意味で評論という立場は必要と感じます。

例えば自分のフォローしている方のツイートからは、マスメディアの通り一遍な切り口より見識のある指摘を目にすることがあります。…個人の感想といえばそうですが、いやレベル高いですよ、ほんと。こうした発言は全然肯定する立場ですしもっと促進されてよいと思っています。

ただ職業として立場を追って発言する評論がこれらと区分けされた状態で成立するかどうかが重要で、それを成り立たせることができないコミュニティは自壊なり半壊した状態なのかな、とも感じております。プレイヤーとオーディエンスが融解してそれぞれの主観が過ぎて、語りの軸、語りたいものの魅力を見失う、とでもいいますか。

…プレイヤーとオーディエンスの間にプロの媒介(メディア)があって、そこで座標軸を呈示する評論が成り立つというフレームを保っていること自体、古い人間の表明なのかな。ひょっとしたらビジネスとしての評論と見識高いアマチュアの議論は、緩やかに融和していく流れなのかもしれません。でもまだ要ると思うんですよね、プレイヤーでもオーディエンスでもない視点が。



えー、絶賛口やかましくなっておりますがw 議論はまとめずに書きっぱなしておきたいと思います。ひとりで決め込むものでもないですしね。

…あー、大川慶次郎さんならどんな立ち位置で話すでしょう。「競馬評論家」を自称していましたからね。
2016.06.14


ラニのBelmont Stakes は3着でした。

勝利の可能性を感じたという主旨の鞍上のコメントが、この遠征の成果を端的に示しているように思っています。アメリカ3冠を皆勤する日本馬を目の当たりにできるとは。それも9→5→3着と成績を上げていくタフさ。今年3冠すべてに出走したのはラニとPreakness Stakes を制したEXAGGERATOR、それも3冠目は11着でしたからそのタフさは際立っています。

JRA発表のレース結果はこちら。
ベルモントステークス(G1)の結果 JRA

勝ち馬CREATORは大外から1コーナーにかけてグーッとインへ。いったん内ラチを取りましたね。着差を考えるとこの内外の差は大きかったようにも思いますが、仮にラニが勝ち馬のコースを選択した場合は、少なくなく他のジョッキーからプレッシャーを受けていたでしょうね。アウェイの洗礼、それが着順を下げる要因になっていたらここまでのポジティヴな評価は生まれなかったかもしれません。ラニの特性や成長度もゆったり馬群の外を回わす判断につながったでしょうか。

日本向けの血統やトレーニングを前提にしつつも、馬次第でドバイやアメリカのダートで善戦できるという実績。これは大きいでしょうね。今後条件が整う陣営がでてきた場合、心理的なハードルはこれまでより下がっているでしょうから。未来の遠征を後押しする素晴らしいチャレンジだったと思っています。

少し長いスパンで競馬を捉えたとき、カジノドライヴで挑んだトレーナーの「過酷だからこそ、将来の種牡馬を選定するレースとして非常に価値が高い」というコメントは響きますね。これもまた越境することで得られる果実であるでしょう。
【米ベルモントS】ラニ大健闘3着!武「勝てると思えた」 (1/3ページ) - 予想王TV@SANSPO.COM


はい、日本競馬という価値が越境することで生じる効果については、ずいぶん前に書き散らしておりますので、ここで再掲。あまり見解は変わっていないですが、関係者はより繁殖の価値に比重を置いているであろうことは当時より感じております。
more than a DECADE 越境すること

エイシンヒカリのイスパーン賞しかり、昨年ですがCalifornia Chrome の欧州遠征しかり、Flintshire のアメリカ移籍しかり(緒戦勝ちましたね)。どの程度意図しているかはそれぞれ異なっているでしょうが、実馬のパフォーマンスの向こうにブラッドスポーツとしての価値の増幅が展望できますよね。


一方で、東京ダービーの結果は越境「される」側について思いをめぐらせる機会にもなりました。JRA移籍緒戦のバルダッサーレが快勝したことは、制度上の問題は別として、生え抜きの南関馬を応援していたファンには思い入れにくい結果だったようです。確かに、これまでのクラシック路線の勝敗は何だったの?という感覚になってしまうのならちょっとわかりますけどね。既存の価値への侵食、というと言葉を選びすぎでしょうか。ひっくり返せば、凱旋門賞やケンタッキーダービーを制するのは、対岸の価値観を壊すことにある種の快感があるのかもしれません。逆の立場なら、…すごい抵抗感を覚えそうですね。

カウンターといいますか、落ち着いたトーンだったのは斉藤修さんのレース回顧でした。
転入初戦馬が勝った東京ダービー - netkeiba.com

自分の見解ですが、他地区からの移籍馬に一定のルートを設けて(代わりに移籍直後の出走を制限して)、正式に南関クラシックに参加できるように路線を整える、というような措置が適当なのではと思っていますが、それでも駄目ですかねぇ。ダービーをマル外に開放したときのような、限定的な枠組みと拒絶反応から始めるしかないかなと感じております。


情報の収集コストが格段に下がっていることから、異なる価値を跨ぐという意味で「越境」する流れは、よしあしではなく、しばらくは止まらないトレンドであるのでしょう。たとえば、日本ダービーを海を越えてきた馬が勝利するような流れが生じたとき、その遠征馬を既存の価値をおびやかすインベイダー扱いするのではなく、端的に面白がれたほうがいいように思っています。せっかくリアルタイムで見られるわけですから、その価値の衝突と融和のプロセスを楽しんじゃったほうがお得かなと。


マカヒキが凱旋門賞を目標に据え、サトノダイヤモンドは現時点で菊とarcの両睨み。それにドゥラメンテですものね。2世代の日本ダービー馬が凱旋門賞で手合わせするわけで。それも歴史的に初めてではないわけですから。凄い時代になったなぁ。


最後に。

Royal Ascot 開催のカウントダウン映像、公式アカウントがツイートしていますが、かっこいいんですよねー。「LIKE NOWHERE ELSE」のキャッチコピーにもすっかりヤラれているところでして。ファンはあくまでミーハーな目線で楽しんでしまうのがよいのかなと思ってしまう、実に気の利いたプロモーションです。

思うままにつらつら書きましたが、日本競馬の越境、まずはPrince of Wales Stakes ですね。レーティング129の世界ナンバー1、重馬場のAscot をこなしてくれるでしょうか。えぇ、ばっちり応援しますよー。

2015.10.08


凱旋門賞はゴールデンホーン Golden Horn の完勝でした。

事前の待機策を切り替えての先行。いったん大きく馬群から離れて、徐々に馬群に被せるように2番手へ。何やら昨年の宝塚記念で見たようなリードでしたねぇw

頂上の3コーナーで外を回らないセオリーもしっかり押さえていますし、逃げ馬の後ろに首を突っ込んだり離れたりしながら前進気勢を削がないアイドリングもさすが。あのがっちりした前受けは日本のジョッキーで見てみたいところですが、ねぇ。2番手で仕掛けどころをコントロールした上での直線の粘り腰ですから、エプソムやサンダウンの走りを思い起こせばフィニッシュまでの力強さは納得するばかり。そりゃフランキーも翌日の騎乗をキャンセルしますよ、おそらくはhangover=二日酔いですけどw

3連覇を狙ったトレヴ Treve は出負け気味に後方から。よりローリスクなポジションを求めたせいでしょうか、3コーナーを待たずに馬群の外へ。結果的にこの外々の分が最後まで詰められませんでした。鞍上ジャルネは馬場に敗因を求めましたが、その馬場状態がフランキーにあの戦略を促したともいえますしね。…トレヴを庇ったとも言えるかな。それでもあれだけ詰めてくるわけですから、力の衰えを感じさせないままの引退となりそうです。お疲れさまでした。

来年はロンシャン改修のためシャンティイでの開催。ジョッキークラブ賞とディアヌ賞、いわゆるフランスのダービーとオークスが開催される、という程度の認識しかもっていませんが、どうやらロンシャンと異なり直線は登坂というロケーションのよう。コース紹介のページは以下、フランスギャロのサイトにありました。アンジュレーション等々はYahoo!翻訳の力を借りたのでざっくり読んだ感じですねw
Chantilly Racecourse


…記事のタイトルのわりにはドゥラメンテが出てきませんねw

いや、ごくありきたりに端的に、今年遠征していたらどうだっただろうなーと思いました。もちろん日本の2冠馬が出走を決めれば英仏の有力陣営は違う戦略を取ってきたでしょうし、異なる展開が待っていたのでしょうけれども。でも、今年の展開なら、そして今年のロンシャンのコンディションなら、ね。Flintshireの直後くらいから前の馬を割って出てくる姿…、はい妄想が過ぎているだけですねw シャンティイが未知数ということもなおさらイメージが膨らんだひとつの要因なのでしょう。


凱旋門賞か、菊花賞か、秋の天皇賞か。今年、日本の2冠馬には秋の目標について3つの選択肢が想定されていました。結果的には夏前の故障のため選択そのものが不要になってしまったわけですが、もし無事に夏を迎えていたら結構な議論になったでしょう。

もちろんローテーションは関係者が決めるものなのですが、ファンの側でも賑々しく言葉は交わされますよね。むしろそこが楽しみでもあるわけで。なにより、ある意味では何に価値をおくのか、語る側の価値が少なくなく問われることがまた面白いわけで。それがスルーされてしまう形になったのはもったいないな、と思いつつ、そのことを書こう書こうと意気込みながら夏を越してしまったわけですねw

少し前に「3冠」の価値が保持されているのは日本とアメリカくらいという対談を目にした覚えがあります。ちゃんと裏を取れって話ですが、サラブレだったかな。英仏愛独とも、3冠の最後、いわゆるセントレジャー(仏はロワイヤルオーク賞ですね)の価値が下がっているのは前々から認識されているところ。主要なG1が2400m→2000mと短くなっていることが要因なのでしょう、先述のフランスダービーも2400m→2100mへ距離短縮していますし、新英国3冠もラムタラを最後にでていませんしね。

世界の潮流だけでは日本の3冠を語れないとは思っています。ただ、ステイヤーが繁殖として国内外のマーケットに評価されにくいことは、競走馬としてどうキャリア形成するか、どうパフォーマンスを見せるかに影響を与えますよね。ドイツの重い血統が重宝されているのも、スピード化した血統トレンドへのカウンター、カンフル剤という前提がともなうわけで。

いまいま菊花賞を目指す理由は、G1としてのステータスがなお残っていることもそうでしょうが、賞金が大きく下がっていないこと、同世代で競う数少ないレースであること、ステイヤーに偏重した特長があまり問われない展開になりやすいこと、あたりが挙げられるでしょう。あー、ディープインパクトの場合は池江師自身の価値観もあったのではと思っています。…オーナーかもしれませんね。


個人的には3冠の価値は存続していってもらいたいと思っています。2冠を獲った馬には、仮にその個体が2400mギリギリだったとしても挑戦を強要するくらいの価値が保持されていてほしいかな。あーでもあんまり強迫的なのはまずいですねw

一番の理由はむやみなハードルの高さ、ですね。もはやこのご時勢、適性の乏しいローテーションへ挑むことの方が困難でしょうから。適性のある中で登り詰めたチャンピオンには異なる適性へチャレンジする価値を残しておきたいと考えるようになりました。

逆、もあるでしょうか。もし3冠の価値、菊花賞の価値が有効に機能しなくなるとしたら。場合によるとステイヤーの価値がレース体系からして大きく軽視しまうかもしれません。レースの多様性が予想の面白さを担保しているとも認識していますので、楽しみ方が減るという方向に舵が切られてしまうことになるのでは、と思うところでもあります。



じゃあ「ドゥラメンテ」はどこに向かってほしかったか。やっぱり?自分は菊花賞なんですよね。来年ロンシャンでないことには目をつぶって、凱旋門賞ではなく淀の3000mへチャレンジしてほしかったと思っています。

ドゥラメンテ故障前に発売されている優駿7月号は日本ダービーの回顧に誌面を割いています。堀師はそのインタビューの中で、秋の進路については名言を避けつつ、「完成させたい」とコメントしていました。個人的にも感じていましたが、ダービー時点でもなお未完成の馬体。仮に夏場を休養に充てずフランス遠征への準備に費やした場合、あの馬の「完成」をみることができたのか。…まぁ多分に未知数なのではありますが。

エアグルーヴの血統は春のクラシックには未完成なまま臨むことが多い認識があります。比較的うまくいったのはルーラーシップくらいでしょうか。あのプリンシパルSをうまくいったと表現していいのかはなんともですけどw 堀師はそのあたりも含んで発言している、と勝手に言外に読み取っているところです。結果がともなってなお慎重な姿勢であることでしょう。

長距離戦への価値観も加わりますのでなかなか一概にいかない議論なのですが、レースの多様性に軸足を取りたいことと、ドゥラメンテの個体への期待を合わせて、個人的には菊花賞という結論をもっています。別の成長曲線をもった馬なら、きっとまた別の悩み方をしたでしょうね。



最後に。

この手の議論はどこかで決することがないと思っています。大前提ですね。だからこそいちファンとしては「お遊び」の部分も感じながらつらつら書いた次第です。なんと申しますか、その時の当事者が都度の現実に直面した結果得られた選択が次の価値を醸成する、のであれば健全なのではないかと考えています。

たとえばナリタブライアンのスプリント挑戦、いまでは取られないローテーションですが、ブライアンでもダメだったという事実がひとつ積みあがったことが、より適性を重視する価値を確信させる要因になったともいえるわけで。まぁ96年当時でも無謀だという意見が優勢だったと記憶していますけどね。

ディープインパクトとオルフェーヴルは3冠成った翌年に凱旋門賞へ挑戦しました。ドゥラメンテはこの議論を回避する格好になりましたが、相変わらず我々がどんな価値に重きを置くかは問われ続けていると思っています。決裁することがなくとも、ファンも当事者ですからね。ずぅーっと考え続けていくことになるのでしょう。

個人的には、凱旋門賞へのコンプレックスからも3冠へのドメスティックな拘りからも程よい距離で。面白がりながら取り組めるとステキだなと思っています。

はい、以上で身勝手で面倒な議論、打ち止めといたしますねw


2015.01.11


見事なトレヴの連覇でした。

恐れ入りました。好位追走、というと聞こえはいいのですが、3コーナー過ぎからは口を割っている姿。カメラのアングルが象ったイメージでしょうが、道中ずっと先行馬群に埋もれているように見えました。直線に向いて視界がクリアになってからはホントに強かった。

前半スロー、残り1000mはだんだんと加速し続けるレース展開だったと理解しています。それを見越してか、ジャルネはスタートから出していきました。内枠スタートの分も馬場が速いことも加味していたかもしれません。道中は終始インをキープしつつ、他馬に決定的に目の前に入られないようひとつ外をけん制し続ける騎乗があったと見ています。

フォルスストレートの出口で少し膨れる所作。逃げ馬が内ラチから離れたことに追随した格好ですが、後続に響いたでしょうね。フォルスストレートの出口まで縦長で進んだ馬群は、さながらテトリスの棒を回転させるかのように直線入口で露骨に横一直線になりました。後続各馬が加速しながら横のポジションを確保しようとした結果ならそこまで不可思議ではないでしょうか。いずれにせよ先行馬の小さな動きは、水滴が波紋を広げるように後続に余分な遠心力をつける効果を生んだように見えました。


「戦略が必要」。レース後にコメントを残したジャルネ。日本馬が大外へ吹っ飛んでいく可能性も折り込んでいたような気がしています。相変わらずの深読みしすぎ、かもしれませんね。単純に内を突くかどうかという話ではなさそう、というあたりは改めて後述します。

2014年のトレヴ陣営、心身ともに下降するコンディションとの戦いだったようです。無料で読めるかしら、netkeibaの合田さんのコラムが、トレヴを振り返るのに最適と思います。
歴史に残る復活劇を演じた“女王”トレヴ/凱旋門賞回顧 - netkeiba.com


ヘッド師はヴェルメイユ賞前にフランキー降板を申し出たそうです。これを了承したオーナーシップ。連覇直後のジャルネの涙には背負った期待と責任が透けて見えるようです。おそらくはヴェルメイユ賞の結果を度外視する覚悟が整っていたことでしょう。トレヴ復活という目的に関係者が一にまとまっていたのなら。そういった時のプロジェクトチームはしっかり力を発揮するんですよね。細かい事情は察するばかりなので結果が伴ったが故の美談かもしれませんが、少なくともそう見せるだけの準備がなければあのパフォーマンスにはつながっていないでしょうからね。

タグルーダもオーストラリアもルーラーオブザワールドも引退する中、トレヴ陣営は来季も現役続行を発表。あくまで凱旋門賞を目指し、少しでも不安がでればその時点で引退、という主旨のコメントが伝わってきています。オルフェーヴルが現役続行を決めたときに少しだけ似ているなと思いつつ、来秋まで、楽しみに、気長に。3連覇の舞台でその姿を見てみたいと思っています。

RACING VIEWERに特設サイトがあり、バイアスの少ないレース回顧が上がっていますので紹介いたしますね。
JRA × JRAレーシングビュアー 2014凱旋門賞特集 ~第93回 凱旋門賞 レース回顧(合田直弘)
JRA × JRAレーシングビュアー 2014凱旋門賞特集 ~フランス現地リポート(沢田康文)



さて、ここからですね。どうまとめようかいろいろ考えているうちにずいぶん時間が立ってしまいました。年越しちゃいましたからね。放っておくと気づきも考えも期待も憂慮も勝手に堆積していくばかりでして、どこかで文字にして整理したいなぁと、年末年始にようやく少しずつ取り掛かり始めた次第です。

いくつかの切り口で、凱旋門賞からこちら側の景色を自分なりに書き起こしてみます。もちろんピントがずれているかもしれませんので、あくまで個人の見解ということで何卒ご容赦を。新しい気づきや期待が生まれるようなら幸いです。



直線に向いての馬群の展開。

優駿11月号の詳報で見ることができますが、直線横一列の馬群を正面から撮影した写真。もちろん左端にトレヴ、右端にハープスターというレイアウトです。フォルスストレートまでは密集した馬群。直線に向くコーナリングを利して進路を確保しようすると各ジョッキーの手探りが、端的に言えばひとつ前の馬よりひとつ外側、という選択を生んだようにも見えます。相手の馬の国籍を問わず、そう簡単に後ろの馬にいいコース取りをさせない(=内を開けない)でしょうからね。

ただ、こんな邪推もしていまして。スタートからしばらく歩を進めた時点で、先行したジョッキーは日本馬が後方に控えていることを察していたでしょう。彼らからすれば直線入口で内を閉めながら外に展開するのはごく必然の戦略でしょうが、その必然な所作の中に日本馬へのディスアドバンテージを見ていたのではないかなーと。つかず離れず、後ろから割って出られない程度の横幅を保ちながら、差し脚を伸ばすであろう日本馬の進路を消す横長の馬群。特に他の陣営と結託しなくてもそれくらいはできるでしょうからね。

なんといいますか、アウェイの洗礼とも欧州競馬の意地とも受け取れる象徴的な写真だと思っています。



日本馬は密集馬群で勝負ができたのか。

内をつけば。もう少し前で競馬をすれば。馬群の中で進められれば。レース後のたらればは多分に期待感の表れなのでしょうが、こうしたたらればを実現するにはスタートから好位に押し上げる必要があるでしょう。その際立ち向かう必要があるのは、馬場状態ともうひとつ大きく日本と異なる、馬群の密集具合のようです。

日本のジョッキーがタイトな馬群に慣れていない、ということはあると思います。それは現地のトップジョッキーをオーダーすることである程度フォローが効くのではないか、と推測されます。まっすぐ走らせる技術と馬上でブレない強いフィジカル。たとえばムーアの体幹なんて尋常ではない印象ですよ、ホント。自国での競争を勝ち抜いてきて短期免許を取得した外国人ジョッキーなら大概は備わっているスキルでしょう。…んーそうでもないかもしれないかもw

ただ、日本の調教とレースに慣れた馬が、突然他馬とものすごく接近する圧迫感に対処しながらレースができるのか、改めて考えさせられます。前後の馬に脚を踏まれる寸前まで、左右の馬にさながらサッカーのチャージを受ける寸前まで接近されながら、日本のレースと同じように軽いグリップと伸びやかなストライドで、これまでのパフォーマンスをだせるのか。…こう書くとハードル高そうですよね。

まして待機策から切れ味で勝負してきたジャスタウェイとハープスター、そして気分よく走って始めて力を発揮する状態にある(と思われる)ゴールドシップ。いずれも馬群の中に突っ込んで、フィジカルを誇示しながらポジションをキープできるタイプではなく。。。

たとえばハープスター陣営については札幌記念で、これまでより前で進めてもよいと川田に伝えていたようです。事前にこれまでと異なる競馬を試す思惑はあったのですね。ただ、トウケイヘイローが団子のスローペースを作り出す可能性は低いでしょう。スタート後の川田の所作からはこれまでの経験を壊さない範囲で、という思惑が見えるようです。凱旋門賞までの騎乗依頼が札幌記念前に確約されていたら川田の試し方も変わっていたのではないか、というのは武豊TVでの指摘ですが、これまで通りの待機策になったのはそれだけではないのでしょう。結果、馬群を縫う競馬は凱旋門賞でも出来ませんでしたね。



自分の競馬をすれば。

まったく同じ表現ではないにしろ、3陣営がほぼ同様の趣旨のコメントを残していると認識しています。戦前に懸念していたのですが、これが後方待機策や馬の気持ちを優先する対策を指すなら、それはジャルネの指摘のほうがより妥当でしょう。仮柵の取れたロンシャンには戦略が要る。終いを活かすマツパク流では2014凱旋門賞には不向きだった、というオチでよいのかはちょっと疑問をもっていますけどね。すごい邪推ですが、阪神JF時の外回せという指摘が一人歩きして以後、引っ込みがつかなくなったしまったのかもなぁと思うところもあります。



既視感というより類似したレース。

レース当日や翌日リプレイを見ながら思い出したのは、京都大賞典のローズキングダムでした。へ?ってなった方、JRAのHPで映像を観ることができますのでぜひチェックを。少頭数と極端なスローではないあたりが異なりますが、開幕週の良馬場を好位の内から抜け出す展開。差し損ね気味の後続をしっかり押さえたあたり、切れと持続力を兼備していたといえるでしょうか。
11R 京都大賞典|2011年10月9日(日)5回京都2日|JBISサーチ(JBIS-Search)

開幕週の京都とあまり変わらないとすれば、後方待機した日本馬はある意味必然の負けであったでしょうし、翻せば、京都とロンシャンで似た戦略が奏効する?ロンシャンを凱旋門を、過剰に見上げる必要はあまりないのかもしれません。



横山典弘の「甘くない」。

インタビュー映像の中で何度か登場する言葉ですが、その言葉の絞り出し方から、個人的な印象ですけどね、ゴールドシップの惨敗を予期していたんだろうなと思いました。2014年の京都記念でデスペラードを逃がすジョッキーですからねぇ。スローで後方待機せざるを得なくなったら。そのデメリットは見えていたでしょう。それに抗えない資質の馬で挑まなければならない巡り合せの妙を、観る側からすれば恨めしく思うしかありません。

もっとも戦略的に動きにくい馬の背に、戦略的に立ち回ることができるジョッキーが跨っているのは何とも皮肉です。ジャスタウェイ横山だったら、どうなっていたでしょうね。



「本気で凱旋門賞に勝ちたいなら」という議論。

レース後、様々に感想なり分析なりを目にして来ましたが、議論の精度とは別に気になったのはのこの言い回しでした。この表現の主語は誰になるのでしょう。プロの書き手のうち、このビッグイベントに向けた一体感に水を差さないために、あえてそういう書き方にしている方もいるのかもしれません。でも大概はこのふわっとした枕詞で回顧記事をものしているケースにまま出会っておりまして。

「本気」の程度なんて誰もわかりませんし、大枚はたいて行くんですからそりゃ気持ちははいっているでしょう。安易な精神論に帰着しているならほぼ愚痴という扱いでよいかなと思ってもいます。いや、愚痴も大事なんですよ。懸念しているのは愚痴とも反省ともつかない切り口の議論が蔓延して、凱旋門賞挑戦の価値観に水を差す可能性でして。

必要なのは現場の、それもリーダーシップを取る人間の、地道で詳細な反省とフィードバックだと思っています。人馬の日常の過ごし方から飼料から馬体の洗い方から。航空便の手配や調教馬場の使用手続きなどマネジメントの部分も重要ですよね。細かいファクターを丹念に検証することが有意義なノウハウ蓄積につながるでしょう。こうした反省は当事者がやるしかないと思っていますし、是非お願いしたいところです。

その意味では海外遠征に限らず、角居師がノウハウ共有の勉強会的な集まりを始めているとの報道に触れていまして、すばらしい前進ではないかなと思っているところです。



事前の期待の高さ。

ひょっとすると「本気で~」と発言している人は、事前の期待と結果の落差に気持ちの行き場を見失っちゃったのかな、と推察し始めています。最大のチャンス!みたいな煽り方だとライトユーザーは本当にそうか?と疑う材料がないでしょうからね。凱旋門賞という大きなイベントですから、マスコミ側も煽ってなんぼという側面はあるのでしょう。ただ、過剰に煽った場合、必要以上にがっかりする空気も蔓延しそうですからね。どのくらい期待がかけられるのか、ヘンに煽られずに冷静に批評する態度が主にファンの中から失われないように願っているところです。



JRAの姿勢。

広く日本競馬の価値をアピールするという姿勢があるならですが、廃止された海外遠征時の助成金を多少条件を変えてでも復活できないものか、という点は書いておきたいと思います。実際に支給されることで財務的な助けになるでしょうし、金銭面と並行してJRAがどういった価値観に重きを置くかが表れる場面とも思っていますでしょう。海外遠征行きたければどうそ、という我関せず的な態度は業界全体にとってきっと建設的ではない、と受け取ってほしい。輸送費の一部補助だけでも全然役に立つと思うんですけどね。

なぜ香港やオーストラリアへの遠征が続くのか、そのトレンドをしっかり分析するなら、あるいはまだ見えていない助成の必要性が見えやすくなるのでは、と思っています。



参考にした雑誌、サイトを紹介しておきます。

雑誌は以下のとおり。
優駿 2014年11月号
競馬ブック 10月18、19日号
Gallop年鑑2014

上記紹介以外のサイトはこちら。
トレヴ | 2014 フランス 凱旋門賞 現地取材レポート | 日本馬の世界挑戦!現地レポート | お楽しみ | JBISインターネット情報サービスJBISインターネット情報サービス

凱旋門賞、フランスのトレヴが連覇。6着が最高の日本勢、完敗の内実。(1/3) [沸騰! 日本サラブ列島] - Number Web - ナンバー

悔いと杭 | 松田幸春の辛口競馬ジャッジ | 競馬ラボ



最後に。

少なくともオルフェーヴルの2度の2着で、適性を見極めたうえであれば、日本馬のトップレベルが主要国のG1を獲れるだけの状況にはきているのでしょうね。その見立てがあるぶん、もはや凱旋門賞にこだわった遠征はその役割を終えているように思い始めています。いや、行かなくていいとか勝たなくていいとは思いませんけどね。

思うのは現場のリーダーに強い思い入れと十分な経験、そしてリスクに対する備えが十分あるかどうかが、遠征の成否を左右する可能性。池絵師、二ノ宮師、角居師などの周到さは、様々な媒体で確認できますのでそちらに譲りましょうか。前向きな手探りはぜひ続けていただきたいと思う次第です。

今年もロンシャンに挑戦する陣営がでてくることを楽しみに、まずはドバイ登録馬から追いかけていくことになりそうですね。エピファネイア、ワンアンドオンリーが直行するらしいですし、京都記念ではキズナとハープスターがぶつかるようですし。わくわくしますねー。


2013.09.22


閑話休題。

先週末、半分仕事半分プライベートという名目で(よく考えたら微妙な線引きですね)仙台におりました。競馬のブログなのに競馬の話がメインではないですし、相当議論もとっちらかっておりますが、そのまま書いておきたく。お目を汚してしまう可能性もありますので、その際は読み飛ばすなり逸らすなりしていただければと思います。

金曜の夜は仕事関係の方々と会食。仙台駅からほどないお店で、なにやら豪華な飲み食いになりました(セッティングに感謝!)。土曜は車を出してもらって石巻まで足を伸ばしました。石ノ森萬画館に向かい、ほどない場所で昼食をとりました。鰯の竜田揚げ定食はおいしかったですねー。お土産やレンタサイクルも備えていました。看板はこんな感じでした。

石巻まちなか復興マルシェ


エニフSでアドマイヤサガスが2頭の間を割っている頃には、石巻と松島の中間あたり、野蒜(のびる)というところにおりました。仙台にはいる前から震災と津波被害の影響を全く意識していなかったわけではないのですが、この一連の移動の中で、まだまだ残る津波の爪痕を目の当たりにいたしました。

その野蒜近辺。海岸近くの、防砂林として機能していたはずの松はまばらにしか生えておらず、津波を受けたままの建物が点在していました。仙石線の線路は撤去されており、野蒜駅はもちろん使われていない様子でした。駅舎にかかった力強い復興の垂れ幕とのコントラスト。より内陸に線路を通す話は当座の資金繰りや採算を理由に進んでいないと聞きました。

野蒜の海岸は海水浴場だったそうです。実際にそこに立ちましたが、波の音だけが響く静かな光景が広がるばかりでした。少し怖さを覚えてしまったのは3.11以後の文脈が自分の経験にあるからでしょうね。「もともと映像に音楽はついていない」。朝のドラマ「あまちゃん」の音楽を担当した大友さんが特番の中で話していた言葉が思い出されました。初めて目の当たりにする、編集されていない光景。移動の車中でもしばらく言葉を探す時間が続きました。



3.11の被災現場については、興味本位で現地に乗り込んで見学するのも、全く知らないままでいることも違うと思っていました。また、目の前の生活をおろそかにするのも、趣味である競馬の充実をおろそかにするのも違うと思っていました。東京の高層ビルで大きな揺れを体験しつつも衣食住レベルで大きな被害は受けなかった自分ですので、現地とのギャップを少なくなく知る、然るべきタイミングがあればと心得てはいました。まぁ、そんな距離感すら我儘ではあるんですけどね。

被災地を見る当日の動きはかなり自分からお願いしてしまった格好。車をだしていただいたのは仙台在住の方ですので、それなりに厳しい思いをさせてしまったと思っています。我儘を申しました。

直接目の当たりにすることに過剰に重きを置くつもりはないのですが、自然の振る舞い、自然現象をきちんと捉えておくには貴重な機会になりました。はい、行ってよかったです。




何でも競馬に結びつけてしまうのは困ったものなのですが、不謹慎にも、馬場や天候ばかりは操作できないよなぁという発想にも至りました。災害に対する真摯な姿勢を前提としつつ、の話ですよ、もちろん。…無理やり競馬の話につなげなくてもいいんですけどね。

なんといいますか、予想面で自然現象は不確定なファクターとして取り扱われているなと改めて気が付いた次第でして。そりゃあコンディションが一定した方が例えばラップの分析精度はあがるでしょう。一方でエクイターフ導入のように馬の脚元にやさしいなどなど、要望に近しい馬場をセットアップする工夫も現在進行中と理解しています。

ただ、その発想や技術はあくまで自然を人為に寄せることですよね。これを一律に悪と断じたいわけではなく、人為でコントロールするには限度がある、と構えておいた方がよいのではないかなと。そう気づくきっかけをもらったと思っています。

エクイターフとエアレーションで微細に馬場をチューニングする思想が、台風ひとつで木端微塵になる様とか。函館ラスト2週のとんでもない不良馬場とか。抗い切れない自然現象ならそれにしっかり添いながら、適宜左右されながら競馬を進めるという姿勢もまた大事ではないかなと。

例えばその札幌記念。酷い馬場ではありましたが、トウケイヘイローは高速馬場での速さとは趣きの異なる強さを証明したでしょうし、ロゴタイプの天皇賞回避はあの馬場状態に抗う厳しさの表れとも理解できます。

人事を尽くして天命を待つ、とはいったものですね。自然に対する諦観の程度をもう一度見つめ直す機会は、ばっちり都市型生活を送っている自分には案外少なかったのかもしれません。カワイイはつくれるとはどこかで聞いたコピーですが、自然現象はつくれない、コントロールしきれないという妥当な理解なり謙虚さなりを受け取り直しているところです。

震災と復興に纏わる日本社会の価値やアクションなどなど、ここで触れるつもりはありません。ただ、福島競馬の再開初日に駆け付けた自分のバランス感覚を否定する必要はないかなと反芻もいたしました。さすがに指定席の整理券が1番だったのは反省材料でしょうけどw





ぷはー。これでひとしきり今週抱えていた感覚を言葉にすることができました。お付き合い痛み入ります。はい、フォワ賞とニエル賞の回顧もこの連休でやっておきたいと思います。

その前に神戸新聞杯かな。シーザリオの3歳秋はどうだったのか、息子がそのイメージを…あまり引き継ぎはしていないかなw 菊花賞に向けて前向きながらも取りこぼし、があり得るかなと思っています。