--.--.--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2018.01.18


マインディング、ウィンター、プロミストゥービートゥルーの繁殖牝馬3頭はすでに来日しているのですね。

ディープインパクトを配合するというニュースを目にしてから、あれこれと脳裏に浮かんでおりまして。種牡馬の墓場という言葉とセットで象徴的に映るニュースだなぁとも思いつつ、思いつくこと、書き散らしておこうと思います。

とはいえ、大きくは以下の記事をお読みいただくのがよいかと。良記事です。自分で書くのを手抜きしているわけじゃないですよw
加速するクールモアの日本戦略と背景 : Nathanielの競馬ブログ

特にクールモアスタッドの種牡馬一覧を具体的に引っ張って血の偏りを明示する切り口はさすが。これだけデインヒルとサドラーズウェルズで埋め尽くされているのですね。血の輸出という意味で「象徴的な出来事」とする第一印象も共通しており、とても読みやすい記事でした。感謝です。…ほんと、優駿で書かれてもよいのでは。ねぇ。

少し印象が異なるのは、ここにきての「急接近」ではないように感じること。ご自身が指摘している通り、サクソンウォリアー、セプテンバーのパフォーマンスの前に、その2頭の母(メイビー、ピーピングフォーン)はすでに日本で繁殖に臨んでいますしね。


おそらく、クールモア陣営は「導入すべき異系」として徐々に確信を深めている最中なのではないかと推測しているところです。

上記2頭の母馬が来日したのは2013年、その前年はビューティーパーラーの仏1000ギニー制覇があります。

2014年の凱旋門賞はハープスターが参戦。母父ファルブラブはフェアリーキング(サドラーズウェルズの弟)に遡る血統。勝負に加われなかったのはそうですが、あの末脚は目に留まっていたのでは。

当然(と思いますが)、日本や香港、ドバイの主要G1はチェックしているでしょうし、シンハライト、ディーマジェスティといった少し奥にサドラーを内包する馬による日本のクラシック制覇、そしてキズナ、リアルスティール、エイシンヒカリ、ヴィブロス等の日本と国外の馬場のギャップを超えたG1勝利。

いま挙げたG1馬だけでも、母系はバラバラですものね。この和合性の高さも評価を高めた要因かなと。JBIS-Searchですと母父が端的に比較できますね。
種牡馬情報:種牡馬成績 |ディープインパクト|JBISサーチ(JBIS-Search)


個人的にはエイシンヒカリのパフォーマンスが、いわゆる「爪痕を残した」のではと邪推しています。府中と沙田とシャンティイのギャップを結んだわけですからね。彼らの投資判断には一定の影響を与えたのでは、と思っています。こういう要所にちゃんとからんでくる武豊はすごいなーみたいなことも含め、こちらの贔屓目ですかねw

いずれにしても、様々な条件での実績の堆積がディープインパクトを求める動きにつながっている、とは容易に想像ができるなぁと思っているところです。


…他にも要因になりうるものはありそうですね。

血統的な背景でいえば、キタサンブラックもひとつの動機付けではあったと思われます。ブラックタイドにノーザンダンサー3本を内包していますので、1/4異系(サンデーサイレンス)の一例として見ることも可能でしょうか。

また、ソウルスターリングは、ガリレオの血が日本の馬場でG1を獲れることを証明しています。欧州リーディングサイアーの越境、サクソンウォリアーとは日欧が反対になった格好ですね。

一方で、昨年のサトノダイヤモンドの凱旋門賞とアイダホのジャパンカップは、馬場のギャップを図る意味で大いに参考となるバッドケースであった、とも推測できます。


ディープインパクトの導入方法として、かつてのノーザンテーストのように、セールでのディープインパクト産駒購入も一手段にはなり得るのでしょうが、セレクトセールでの上級馬の購入はハイコストかつ欧州への適性も未知数、でしょう。一番の期待馬はでてこないのでは、という読みもあるかもしれません。「繁殖牝馬の遠征」という戦略は相対的にリスクが許容可能だったとも映ります。

あー、決して珍しい事例ではない、とも思っていまして。ノースヒルズや谷水氏がすでに「先鞭」をつけていますよね。アメリカのリーディングサイアー、タピットの血を引っ張ってきたラニはその典型的な存在でしょうし、ウオッカのアイルランド長期滞在も百年の計という言葉がなじむ判断と思われます。



それぞれの地で適切にローカライゼーションしてきた血統への和合性。クールモアは、これを少なからず見いだせる異系として、ディープインパクトへのチャレンジを続ける判断としているのでしょう。

つらつら書きましたが、ファン目線では楽しみのひと言。まずは3頭の日本での生活が順調であることを願っています。



最後に。

なんといいますか、血統後進国からの脱却、というような感覚はあまりないんですよね。すでに日本の血統をそんなに卑下する必然性もないと思っていますし。日欧が互いの異系を求め始めるタイミングが揃った、と描写する方がしっくりくるといいますか。

あくまで自分なりのイメージですので、仮説的に頭のどこかに引っ掛けつつ、この種の評論が進んでいくなら積極的に目にしていきたいと思っています。聞きかじりの血統知識である一方、研究に時間を費やすのはなかなか難儀な生活ですのでね。サンデー、リファール、サドラー、デインヒルの1/4と3/4にどんな可能性があるのか、とか。…背伸びしながら楽しみたいですね。


スポンサーサイト
2017.12.02


ジャパンカップでのキタサンブラック落鉄について。

レース後左前が落鉄していることがわかりました。その後のやんややんやは、いやぁ落ち着いていこうよ、という心持ちで眺めておりました。正直、確定的なことは誰にも何とも言い難いと思っておりますが、それに至るまでの個人的な見解をまとめておきたいと思います。

netkeiba花岡さんの取材記事。センシティブな議題に対していいバランス感覚で書かれているなぁと素直に好感を覚えました。短絡的に敗因と言い切れないことを、取材対象を適切にピックアップすることであぶりだすような構成になっています。おそらくは強い動機があったでしょうね。

この記事からは、釘による出血や外れた蹄鉄を踏んで脚元を痛めるようなケガがなかったことがわかります。もしあったら有馬回避の判断が早々にあったでしょうね。
キタサンブラックの蹄鉄と有馬に向けての新たなスタート/ねぇさんのトレセン密着 | 競馬ニュース - netkeiba.com


レース中に蹄鉄がついていることは写真や映像からはっきりしていますので、パフォーマンスに影響があるとすれば「緩んだ」か「歪んだ」かのいずれかと思われます。西内さんは歪みの可能性を指摘されていますね。
装蹄師/西内荘が語る、キタサンブラック落鉄の見解|競馬のおはなし


一方で、JRA総合研究所の調査(2011年11月の優駿に掲載されています)では、落鉄と競走成績に相関がみられない、というものがありますが、あくまで一定の条件下でのデータなんですよね。1~7着にはいる確率が予測値と実例で有意差がでなかった、というものですから。キタサンがコンマ2秒を詰めて3着を1着にできたか、という議論の根拠として下敷くにはちょっと。。。

また「落鉄」とひと言でいっても、蹄鉄が釘1つだけ残ったときと、釘全体が緩んだときと、先の西内推測のように一部が歪んだときと、スポーンと釘ごと外れたときと、それぞれ影響が異なる可能性は十分ありますしね。その条件を分けて調査されたわけではないですし、というより上記は19例に対する分析ですので、条件を細かく分けた際に母集団として十分な量といえるかは何ともですし。

調査を紹介しているのは楠瀬さんなのですが、科学的な分析は無理、とどこかでコメントしていた記憶があるんですよね。素人のイメージですけれど、きっちり分析をやろうとするなら、蹄鉄のありなし以外の条件を同一にして必要な母集団を確保してありなしで2回走らせて走破タイムを比較する、という条件がイメージはできます。それなら根拠にもなり得るのかなと。…でも、そんなの無理ですものね。

西内さんを権威的に扱うなり、総研の調査を根拠にするなりしても、今回の1事例で影響がどの程度あったかを正確に分析することはできないと思われます。その点で「あくまで推測」と前置きしている西内さんはとても賢明な態度と思う次第です。


以上の点から、自分の見解は「はっきりしない」ことをそのまま受け止める、というひと言に尽きるわけなのですが、特に馬券で損をしていたらそんなに訳知り顔で淡々とはしていられないですよね。確かに自分もすっきりはしていないですから。勝ってたかもしれないな、とは思ってしまいますしね。

ただ、どうやら分析しきれない結果があるわけで、あとは受け止める側のスタンスに委ねられるのかなと。現にキタサンブラック陣営は、レース後のダメージがないことを確認したうえで有馬記念でのリベンジに向けたコメントを出していますから。

観戦するこちらも前向きに。有馬記念でこのキタサンブラックにのるかそるか、この観点で楽しむのがベターなスタンスではないかと受け止めているところです。


2017.06.20


プレイヤーとオーディエンスならきれいに対義語となるでしょうか。

netkeiba で興味深い記事を見つけたので、口やかましくならない程度に感想を書こうと思います。

【座談会】“海外競馬”の取材現場は? ―「競馬メディアのあり方」を騎手・記者・評論家が徹底討論 - netkeiba.com

タイトル通り、競馬メディアのあり方についての記事。上記のリンクはいわゆる4ページ目で、その前に福永、柏木集保らの座談会とサッカー、野球との対比が掲載されています。

取材の実態やジョッキーと記者との距離感、新聞の関係者コメントがみんな同じなどという妥当な?意見も飛び交っていて、面白い企画という印象ですね。ゴシップぽいテイストも悪くないのですが、程度を心得ているならこうした正面からはいる切り口の方が好みですね。



リンク先の記事ではウオッカのジャパンカップ後、記者質問の際のエピソードが紹介されています。武豊からルメールへの乗り替わりについて、Blood-Horse 誌のレイ・ポーリックが乗り替わりの経緯と決裁者についてド直球で質問し、日本人記者が凍りつくような場面があったとのこと。

当時に限らず、乗り替わりの経緯はなかなか議論されませんよね。取材記者との間で突っ込んだ質疑になりにくいのは、取材対象者への配慮なり遠慮からとは察しがつきます。事実を覆うような配慮は行き過ぎと思いますが、「勘弁してあげたら」「節操がないな」という感想をもつケースもありました。

個人的な経験ですが、キングカメハメハの故障引退後、ウマ科学会のゲストに招かれていた松国師に故障の経緯と責任を問い詰めるやり取りを目撃していまして、さすがにTPOを欠いた姿勢と感じたことがあり。基調講演の質疑応答のタイミングでしたからね、取材ならその後に改めるべきでしょう。

同じ事実確認をするにしてもタイミングやニュアンスは大切にしてほしいですし、こちらも大事なポイントにしながら目にしたいですね。お互い感情のあるいきものですから。

レイ・ポーリックの姿勢も間違いではないでしょうが、どちらかの価値を極端に押し進めることが健全とはあまり思っておらず。ソフトランディング的に歩み寄る姿勢が理想ですね。

といいつつ、例えばエージェント制ひとつ取っても、往々にして極端に振れて見ないと価値観の補正は効かないようにも思っていまして。人間が寄せ集まると不器用なものなのかなぁと若干達観するところもございます。

取材の慣習にはお国柄もでるでしょうから、それを踏まえてバランスよく客観性が保てていると素敵なのですけどね。海外からの注目が増えるほどにそうも行かなくなってくるかもしれません。



…島田さんのコラムよろしく、行ったきり元のテーマ設定に帰ってこれない気がしてきましたw

いまいまはプレイヤーに己のパフォーマンスを分析させる場面が常態化しているように思います。これが行き過ぎるのはあまり健全でないのかな、と感じたことを書きたかったのですよw

自己都合誘導といいますか、ポジショントークとしてのコメントがでてしまうケースもゼロではないでしょうし(悪意であってもなくても)、すべてのジョッキーがレース直後に高いレベルで客観的な分析をし続けられる訳でもないでしょう。そうしたコメントを均す意味で評論という立場は必要と感じます。

例えば自分のフォローしている方のツイートからは、マスメディアの通り一遍な切り口より見識のある指摘を目にすることがあります。…個人の感想といえばそうですが、いやレベル高いですよ、ほんと。こうした発言は全然肯定する立場ですしもっと促進されてよいと思っています。

ただ職業として立場を追って発言する評論がこれらと区分けされた状態で成立するかどうかが重要で、それを成り立たせることができないコミュニティは自壊なり半壊した状態なのかな、とも感じております。プレイヤーとオーディエンスが融解してそれぞれの主観が過ぎて、語りの軸、語りたいものの魅力を見失う、とでもいいますか。

…プレイヤーとオーディエンスの間にプロの媒介(メディア)があって、そこで座標軸を呈示する評論が成り立つというフレームを保っていること自体、古い人間の表明なのかな。ひょっとしたらビジネスとしての評論と見識高いアマチュアの議論は、緩やかに融和していく流れなのかもしれません。でもまだ要ると思うんですよね、プレイヤーでもオーディエンスでもない視点が。



えー、絶賛口やかましくなっておりますがw 議論はまとめずに書きっぱなしておきたいと思います。ひとりで決め込むものでもないですしね。

…あー、大川慶次郎さんならどんな立ち位置で話すでしょう。「競馬評論家」を自称していましたからね。
2016.06.14


ラニのBelmont Stakes は3着でした。

勝利の可能性を感じたという主旨の鞍上のコメントが、この遠征の成果を端的に示しているように思っています。アメリカ3冠を皆勤する日本馬を目の当たりにできるとは。それも9→5→3着と成績を上げていくタフさ。今年3冠すべてに出走したのはラニとPreakness Stakes を制したEXAGGERATOR、それも3冠目は11着でしたからそのタフさは際立っています。

JRA発表のレース結果はこちら。
ベルモントステークス(G1)の結果 JRA

勝ち馬CREATORは大外から1コーナーにかけてグーッとインへ。いったん内ラチを取りましたね。着差を考えるとこの内外の差は大きかったようにも思いますが、仮にラニが勝ち馬のコースを選択した場合は、少なくなく他のジョッキーからプレッシャーを受けていたでしょうね。アウェイの洗礼、それが着順を下げる要因になっていたらここまでのポジティヴな評価は生まれなかったかもしれません。ラニの特性や成長度もゆったり馬群の外を回わす判断につながったでしょうか。

日本向けの血統やトレーニングを前提にしつつも、馬次第でドバイやアメリカのダートで善戦できるという実績。これは大きいでしょうね。今後条件が整う陣営がでてきた場合、心理的なハードルはこれまでより下がっているでしょうから。未来の遠征を後押しする素晴らしいチャレンジだったと思っています。

少し長いスパンで競馬を捉えたとき、カジノドライヴで挑んだトレーナーの「過酷だからこそ、将来の種牡馬を選定するレースとして非常に価値が高い」というコメントは響きますね。これもまた越境することで得られる果実であるでしょう。
【米ベルモントS】ラニ大健闘3着!武「勝てると思えた」 (1/3ページ) - 予想王TV@SANSPO.COM


はい、日本競馬という価値が越境することで生じる効果については、ずいぶん前に書き散らしておりますので、ここで再掲。あまり見解は変わっていないですが、関係者はより繁殖の価値に比重を置いているであろうことは当時より感じております。
more than a DECADE 越境すること

エイシンヒカリのイスパーン賞しかり、昨年ですがCalifornia Chrome の欧州遠征しかり、Flintshire のアメリカ移籍しかり(緒戦勝ちましたね)。どの程度意図しているかはそれぞれ異なっているでしょうが、実馬のパフォーマンスの向こうにブラッドスポーツとしての価値の増幅が展望できますよね。


一方で、東京ダービーの結果は越境「される」側について思いをめぐらせる機会にもなりました。JRA移籍緒戦のバルダッサーレが快勝したことは、制度上の問題は別として、生え抜きの南関馬を応援していたファンには思い入れにくい結果だったようです。確かに、これまでのクラシック路線の勝敗は何だったの?という感覚になってしまうのならちょっとわかりますけどね。既存の価値への侵食、というと言葉を選びすぎでしょうか。ひっくり返せば、凱旋門賞やケンタッキーダービーを制するのは、対岸の価値観を壊すことにある種の快感があるのかもしれません。逆の立場なら、…すごい抵抗感を覚えそうですね。

カウンターといいますか、落ち着いたトーンだったのは斉藤修さんのレース回顧でした。
転入初戦馬が勝った東京ダービー - netkeiba.com

自分の見解ですが、他地区からの移籍馬に一定のルートを設けて(代わりに移籍直後の出走を制限して)、正式に南関クラシックに参加できるように路線を整える、というような措置が適当なのではと思っていますが、それでも駄目ですかねぇ。ダービーをマル外に開放したときのような、限定的な枠組みと拒絶反応から始めるしかないかなと感じております。


情報の収集コストが格段に下がっていることから、異なる価値を跨ぐという意味で「越境」する流れは、よしあしではなく、しばらくは止まらないトレンドであるのでしょう。たとえば、日本ダービーを海を越えてきた馬が勝利するような流れが生じたとき、その遠征馬を既存の価値をおびやかすインベイダー扱いするのではなく、端的に面白がれたほうがいいように思っています。せっかくリアルタイムで見られるわけですから、その価値の衝突と融和のプロセスを楽しんじゃったほうがお得かなと。


マカヒキが凱旋門賞を目標に据え、サトノダイヤモンドは現時点で菊とarcの両睨み。それにドゥラメンテですものね。2世代の日本ダービー馬が凱旋門賞で手合わせするわけで。それも歴史的に初めてではないわけですから。凄い時代になったなぁ。


最後に。

Royal Ascot 開催のカウントダウン映像、公式アカウントがツイートしていますが、かっこいいんですよねー。「LIKE NOWHERE ELSE」のキャッチコピーにもすっかりヤラれているところでして。ファンはあくまでミーハーな目線で楽しんでしまうのがよいのかなと思ってしまう、実に気の利いたプロモーションです。

思うままにつらつら書きましたが、日本競馬の越境、まずはPrince of Wales Stakes ですね。レーティング129の世界ナンバー1、重馬場のAscot をこなしてくれるでしょうか。えぇ、ばっちり応援しますよー。

2015.10.08


凱旋門賞はゴールデンホーン Golden Horn の完勝でした。

事前の待機策を切り替えての先行。いったん大きく馬群から離れて、徐々に馬群に被せるように2番手へ。何やら昨年の宝塚記念で見たようなリードでしたねぇw

頂上の3コーナーで外を回らないセオリーもしっかり押さえていますし、逃げ馬の後ろに首を突っ込んだり離れたりしながら前進気勢を削がないアイドリングもさすが。あのがっちりした前受けは日本のジョッキーで見てみたいところですが、ねぇ。2番手で仕掛けどころをコントロールした上での直線の粘り腰ですから、エプソムやサンダウンの走りを思い起こせばフィニッシュまでの力強さは納得するばかり。そりゃフランキーも翌日の騎乗をキャンセルしますよ、おそらくはhangover=二日酔いですけどw

3連覇を狙ったトレヴ Treve は出負け気味に後方から。よりローリスクなポジションを求めたせいでしょうか、3コーナーを待たずに馬群の外へ。結果的にこの外々の分が最後まで詰められませんでした。鞍上ジャルネは馬場に敗因を求めましたが、その馬場状態がフランキーにあの戦略を促したともいえますしね。…トレヴを庇ったとも言えるかな。それでもあれだけ詰めてくるわけですから、力の衰えを感じさせないままの引退となりそうです。お疲れさまでした。

来年はロンシャン改修のためシャンティイでの開催。ジョッキークラブ賞とディアヌ賞、いわゆるフランスのダービーとオークスが開催される、という程度の認識しかもっていませんが、どうやらロンシャンと異なり直線は登坂というロケーションのよう。コース紹介のページは以下、フランスギャロのサイトにありました。アンジュレーション等々はYahoo!翻訳の力を借りたのでざっくり読んだ感じですねw
Chantilly Racecourse


…記事のタイトルのわりにはドゥラメンテが出てきませんねw

いや、ごくありきたりに端的に、今年遠征していたらどうだっただろうなーと思いました。もちろん日本の2冠馬が出走を決めれば英仏の有力陣営は違う戦略を取ってきたでしょうし、異なる展開が待っていたのでしょうけれども。でも、今年の展開なら、そして今年のロンシャンのコンディションなら、ね。Flintshireの直後くらいから前の馬を割って出てくる姿…、はい妄想が過ぎているだけですねw シャンティイが未知数ということもなおさらイメージが膨らんだひとつの要因なのでしょう。


凱旋門賞か、菊花賞か、秋の天皇賞か。今年、日本の2冠馬には秋の目標について3つの選択肢が想定されていました。結果的には夏前の故障のため選択そのものが不要になってしまったわけですが、もし無事に夏を迎えていたら結構な議論になったでしょう。

もちろんローテーションは関係者が決めるものなのですが、ファンの側でも賑々しく言葉は交わされますよね。むしろそこが楽しみでもあるわけで。なにより、ある意味では何に価値をおくのか、語る側の価値が少なくなく問われることがまた面白いわけで。それがスルーされてしまう形になったのはもったいないな、と思いつつ、そのことを書こう書こうと意気込みながら夏を越してしまったわけですねw

少し前に「3冠」の価値が保持されているのは日本とアメリカくらいという対談を目にした覚えがあります。ちゃんと裏を取れって話ですが、サラブレだったかな。英仏愛独とも、3冠の最後、いわゆるセントレジャー(仏はロワイヤルオーク賞ですね)の価値が下がっているのは前々から認識されているところ。主要なG1が2400m→2000mと短くなっていることが要因なのでしょう、先述のフランスダービーも2400m→2100mへ距離短縮していますし、新英国3冠もラムタラを最後にでていませんしね。

世界の潮流だけでは日本の3冠を語れないとは思っています。ただ、ステイヤーが繁殖として国内外のマーケットに評価されにくいことは、競走馬としてどうキャリア形成するか、どうパフォーマンスを見せるかに影響を与えますよね。ドイツの重い血統が重宝されているのも、スピード化した血統トレンドへのカウンター、カンフル剤という前提がともなうわけで。

いまいま菊花賞を目指す理由は、G1としてのステータスがなお残っていることもそうでしょうが、賞金が大きく下がっていないこと、同世代で競う数少ないレースであること、ステイヤーに偏重した特長があまり問われない展開になりやすいこと、あたりが挙げられるでしょう。あー、ディープインパクトの場合は池江師自身の価値観もあったのではと思っています。…オーナーかもしれませんね。


個人的には3冠の価値は存続していってもらいたいと思っています。2冠を獲った馬には、仮にその個体が2400mギリギリだったとしても挑戦を強要するくらいの価値が保持されていてほしいかな。あーでもあんまり強迫的なのはまずいですねw

一番の理由はむやみなハードルの高さ、ですね。もはやこのご時勢、適性の乏しいローテーションへ挑むことの方が困難でしょうから。適性のある中で登り詰めたチャンピオンには異なる適性へチャレンジする価値を残しておきたいと考えるようになりました。

逆、もあるでしょうか。もし3冠の価値、菊花賞の価値が有効に機能しなくなるとしたら。場合によるとステイヤーの価値がレース体系からして大きく軽視しまうかもしれません。レースの多様性が予想の面白さを担保しているとも認識していますので、楽しみ方が減るという方向に舵が切られてしまうことになるのでは、と思うところでもあります。



じゃあ「ドゥラメンテ」はどこに向かってほしかったか。やっぱり?自分は菊花賞なんですよね。来年ロンシャンでないことには目をつぶって、凱旋門賞ではなく淀の3000mへチャレンジしてほしかったと思っています。

ドゥラメンテ故障前に発売されている優駿7月号は日本ダービーの回顧に誌面を割いています。堀師はそのインタビューの中で、秋の進路については名言を避けつつ、「完成させたい」とコメントしていました。個人的にも感じていましたが、ダービー時点でもなお未完成の馬体。仮に夏場を休養に充てずフランス遠征への準備に費やした場合、あの馬の「完成」をみることができたのか。…まぁ多分に未知数なのではありますが。

エアグルーヴの血統は春のクラシックには未完成なまま臨むことが多い認識があります。比較的うまくいったのはルーラーシップくらいでしょうか。あのプリンシパルSをうまくいったと表現していいのかはなんともですけどw 堀師はそのあたりも含んで発言している、と勝手に言外に読み取っているところです。結果がともなってなお慎重な姿勢であることでしょう。

長距離戦への価値観も加わりますのでなかなか一概にいかない議論なのですが、レースの多様性に軸足を取りたいことと、ドゥラメンテの個体への期待を合わせて、個人的には菊花賞という結論をもっています。別の成長曲線をもった馬なら、きっとまた別の悩み方をしたでしょうね。



最後に。

この手の議論はどこかで決することがないと思っています。大前提ですね。だからこそいちファンとしては「お遊び」の部分も感じながらつらつら書いた次第です。なんと申しますか、その時の当事者が都度の現実に直面した結果得られた選択が次の価値を醸成する、のであれば健全なのではないかと考えています。

たとえばナリタブライアンのスプリント挑戦、いまでは取られないローテーションですが、ブライアンでもダメだったという事実がひとつ積みあがったことが、より適性を重視する価値を確信させる要因になったともいえるわけで。まぁ96年当時でも無謀だという意見が優勢だったと記憶していますけどね。

ディープインパクトとオルフェーヴルは3冠成った翌年に凱旋門賞へ挑戦しました。ドゥラメンテはこの議論を回避する格好になりましたが、相変わらず我々がどんな価値に重きを置くかは問われ続けていると思っています。決裁することがなくとも、ファンも当事者ですからね。ずぅーっと考え続けていくことになるのでしょう。

個人的には、凱旋門賞へのコンプレックスからも3冠へのドメスティックな拘りからも程よい距離で。面白がりながら取り組めるとステキだなと思っています。

はい、以上で身勝手で面倒な議論、打ち止めといたしますねw


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。