2012.08.12
ようやく観ました。

競走馬をテーマにした映画はそんなに多くないことも期待値があがっていた理由なのですが、夏季休暇は青森に費やしてしまったこともあり、なかなか観る時間が取れずじまいでした。いや、2時間の余裕が全くなかったわけではないのですが、何でもいいから観るというのも居心地がよろしくないものでして。映画に向かう気分も重要なポイントだったりしています。発売日に買った意味はすっかり失われていますねw


馬主のお話。

率直な感想です。映画のクオリティをうんぬんするのではなく、コンセプトの話ですね。歴史的な競走馬のドキュメンタリーという視点はそこまで強くない印象でした。家庭を支える妻であり母である主人公が馬主という立場や社会現象となる競走馬の存在を引き受けていくヒューマンドラマ、といった方がピントが合うように思います。セクレタリアトは彼女の期待や変化の象徴として描かれているようにも見えました。

セクレタリアトの3冠以前は、周囲の反対を押し切りながら馬主を続けていく姿が描かれます。不協和音を生みながらなお馬主であることにこだわる所以、それは彼女の自己実現への欲求であり、執念であり、それがセクレタリアトへ投影されていきます。3冠馬の映画タイトルに隠れていますが、こちらが主要なテーマなのでしょうね。シンジケートにひとが集まらず、彼女があきらめないと訴える納屋のシーンでその「澱」は際立って示唆されています。

映画を観る前の構えとは違うバランスでしたので補正しながら観ることなったのですが、馬主としての苦悩や決断を垣間見ることができたようで、かえって面白かったですね。


年輪にグッとくる。

3冠のかかったベルモントSの前夜祭。映画全体ではかなり後半ですね。記録のかかるレースを控えてこれまでを讃え合う調教師と馬主、というシーンがあるのですが、調教師のセリフに印象的なものがありました。字幕の日本語を引用します。

馬主が誰でも馬には関係ないと思ってた
でもただの馬じゃない
セクレタリアトだ



また反芻して泣きそうですw 相当感激屋さんなのかなーw でなきゃ競馬も続いてないでしょうしねw ここで理由を解説してしまうと読まれた方は「あーだから泣いたのねお安いひとw」みたいにロジカルに納得するシーンになってしまうので、割愛しておきます。非常に綺麗なシーンです。是非ご覧ください。


孤独。

同じ前夜祭のシーンで離れて暮らしている主人公の家族(夫、子供4人)が招かれているのですが、その家族を見守る姿もまた印象的でした。彼女の孤独を端的に示すよう仕組まれています。セクレタリアトの活躍で「お母さん、すごい!」と一見評価されてはいるのですが、家族の温かい環から距離をとってしまった事実が変わらずに存在することを暗に示すシーンでした。男社会にうってでる女性の姿。引き換え、という言葉がついてまわるやりきれない感覚がありました。


レースシーン。

迫力のローアングルです。中京競馬場の試乗の際にジョッキー視点の映像が公開されていましたが、あれよりも断然迫力がありましたw 比較対象がおかしいかなw 馬群の後方を外からまくるシーンでの土の飛び方とか、レースの厳しさを伝えるのにローアングルの多用が効果を出していると思います。また、ゲートでスタートを待つ間のアップがとても印象的。栗毛のたてがみと手綱を束ねてギュッと握るカットや、ビックレッドの片目をアップしたカットは特有のフェティシズムをお持ちでないあなたにもおすすめですw


ボーナス・コンテンツ。

Blu-rayの特典として、主人公のモデルとなった実際の馬主ペニー・チェネリーと監督のランダル・ウォレスの対談が収録されていますが、これが自分には非常に重要な内容でした。上記の引用したセリフについても孤独の件についても、この対談で触れられていました。ちょっとだけ触れると、引用したセリフは監督が付け足したそうです。監督曰く「真実であったと思います」と。調教師本人の発した事実があるかどうかは問題ではないですね。改めてじわーっと感激した瞬間でした。なお、対談ではその付け足しをどう思います?と問いかける流れになっています。


感激ばかりではなく。

3冠達成のカタルシスを前提にした苦悩の描き方、その重みづけは確かに難しいのでしょうが、結果が知れていなければ単に無謀な馬主1年生としか映らない見せ方、とか。セクレタリアトの活躍でなにもかもうまくいったように受け取れてしまう結末は大丈夫なのか、とか。ご都合主義ではないですが、馬主としての苦悩や軋轢の提示が不十分に感じました。このあたりディズニー映画にいれるツッコミじゃないよ、みたいな不文律があったらごめんなさいなのですが。


ただ、競走馬に魅せられたひとの思いの託し方という観点では、清濁合わせてうまく描かれているように思いました。「シービスケット」との切り取り方の違いを噛み分けてみるのも面白いかもしれません。おすすめです。

2010.08.19
夏期休暇、真っ最中です。

先月オグリの献花やらで北海道に行ったこともあり、
仕事の都合で休暇を取る日が二転三転したこともあり。
37度越えの東京から出る予定はなく
読み損なっていた優駿なんかをめくっていますw
これはこれで、至福のひとときですねw


そのオグリの話。優駿800号の記念企画「不滅の名馬たち」では
堂々4位に。読者とライターの投票企画ですね。

上位にランキングされたことでの記事もあり、追悼記事もあり。
未来に語り継ぎたいという主旨の企画ですが
オグリが今後どう語り継がれていくのか、それを一端を確かめるには
くしくも最適なタイミングとなりました。



複数のライターさんに共通していたのは
ステロタイプではない、ファンひとりひとりに
それぞれのオグリキャップのイメージがある、という内容。
「わたしのオグリキャップ」という表現が端的でしょうか。

それはハイセイコーやディープインパクトと違い
オグリキャップという社会現象に特有であり、稀有である。
そんなトーンの記事もありました。

…水を差すようでアレなんですが
これには少し違う感覚を持っていまして。

「地方出身」、「怪物」、「根性」、「復活」…。
オグリキャップというキャラクターは
繰り返し語られる中で、すでにステロタイプというべき文脈を
獲得しているという認識でいます。

「わたしのオグリキャップ」が生じているとするならば
当時を目撃したひとりひとりに違う印象が生じていること、そして、
後年語られ続けられているオグリキャップというコンテキストに対する
個々人の距離感(賛否はもちろん、一般的な語り口と
各人の心象とのギャップ)がその理由ではないか、と。
心象形成は個人で違う、というものですね。

ただ、それはなにもオグリに限らず、
少なからず心に残る強い瞬間を刻んだウマすべてに
あてはまると思うんですよね。

社会現象、というスケール感が違うだろうといわれれば、
それは確かにそうなのですが。



リアルタイムを知らないなりにですが、自分が理解する
オグリキャップ・コンテキストの最も独特な特長は、
「ひとりひとりのオグリキャップ」ではなく
競走馬としての語られ方がダイナミックに変化したこと、ではないかと。

ふつうの強いウマであれば、おそらく
4歳(旧表記)の有馬記念までで、ひとつのストーリーといいますか、
競走馬としてのイメージが固まるところ。

中央移籍してからの破竹の連勝、タマモクロスとの3度の勝負。
ファンがその強さを語るには十分なストーリーが紡がれていると思いますが
ここまでで一幕、なんですよね。

そこまでのオグリは、みんなのアイドルではなく
「笠松の怪物」だったようですし。
社会現象化し、よりマスレベルで語られるに連れて
アイドルになっていったんでしょうかね。

このイメージの変貌振りが「オグリキャップ」という競走馬を
もっともよく特徴付けていると感じるわけです。




それを再確認したのが、このあいだ入手したDVDでした。
「魂の激走」。買ってしまいましたよーw

なにがすごいって、ニュージーランドトロフィー(以下、NZT)です。
映像で初めて観たせいもあるでしょうが、いい意味でどうかしていますw

そこには、根性も復活もアイドルも見つかりません。
ただ圧倒的で一方的なパフォーマンスがあるだけ。

そして、底知れない可能性。
どこまで強くなるんだろうというわくわく感。
当時はダービー出走馬との実力の比較、という論調だったようですが
それもまた、可能性に対する語り口でしょう。

4コーナーで先頭をうかがう姿。
直線馬なりで先頭に立つ瞬間。
鞍上河内の拳がうなる様が、かえってその強さを際立たせています。
ついにその拳は「追う」というアクションに至りませんでした。

そうそう。脂ののった、という表現がふさわしいですね、河内さん。
その筋力が、騎乗馬へのあたりの強さとしなやかさを担保している印象。
我慢のフォームがストレートにかっこよかったですw



手綱の動きに違いこそあれ、思い出したのは
グラスワンダーの京成杯3歳S。

ワンダーの場合もそうですが、圧倒的過ぎるせいなのか
観ていて笑いがでるんですよね。なんじゃこれは的なw

底知れない可能性を感じさせる点を含んで
2つのレース、似ているなーと思っています。
そういえばワンダーの異名も「○外の怪物」「平成の怪物」でしたね。



DVD、よくまとまっている印象でした。

オグリブームの只中にあった関係者のコメントも収録されています。
過去の回想ということもあるでしょうが、オグリの評価について
地に足着いている感じがいいですね。
ブームと当事者のギャップが感じられて、興味深いです。
みんな若いしw
アンカツの表情にまだギラッとした感じがあったりねw




なお、DVDはAmazonで購入したのですが、NZTがあまりに強烈だったせいで
思わずAmazonに評価コメントを残してしまいました。
やっちゃいました。

あんまり長々書いてもなー、という謎の気遣いが先にたって
かえって意味の足りないコメントになってる気がしていますが
もう、なんか、そのまま残しておきますw
妙に気恥ずかしくなっているのは正常な反応でしょうかねw

でもすごいです。あのNZTは。
激しく、一見の価値があると思います。
某人気Podcast(というかAMラジオ番組)の
映画評コーナーではありませんが、
おすすめです!!!



2010.01.13

3日間開催の最終日、自分は清里におりました。

今井寿惠さん。昨年亡くなられた写真家です。
清里フォトアートミュージアムで開催されている追悼展に
どうしても行っておかないと、と日帰りの強行軍でまいりました。



ケイバを深堀りするにつれ、要所で出会う写真に
「今井寿惠」のクレジットを見てきました。

例えば、競馬場やウインズのグッズ売り場にポストカードが並んでいますが
印象的な何枚かを手に取ったらきっとその名前を見つけることが出来ると思います。

例えば雑誌「優駿」の、今も続いている世界の種牡馬コーナーの写真は、大半が今井さんのものだと記憶しています。



レースのストーリーを描写する写真というよりは、一頭のウマの表情、その存在感や意思?といったものを写し撮ろうとされていたような印象があります。

それは、今井さんが見出した表情だったかもしれませんし
今井さんが見たかった表情だったかもしれません。
被写体は撮り手にとっての鏡、という表現はベタでしょうかね。
若干、ウマの存在を見上げる形にもなっていたでしょうか。
愛情の賜物と容易に察しが及びますけどね。

レースリポート記事の横に必要な、客観的な記録写真という撮り方ではなかったという理解です。
レースリポートの写真なら、レース展開を切り取ったうえで、そのうちの1枚でもその日の熱を伝えられればbetter、という評価になるのでしょう。

競走馬のポートレイト。

今井さんの志向を端的に紹介するなら、
そういう表現がしっくりくるように思います。




気に入っている写真はヌレイエフ。「孤高」と銘打たれている1枚です。

何というか、焦点の不明な視線なんですよね。
意思の向きがキャッチしにくい視線といいますか。人間のそれからは類推しづらいピント。この感知しきれない感覚が「神秘」という言葉に置き換わる事もあるかもしれません。

ただ単にボーっとしてただけかもしれないんですけどねw

思い出すのは宮崎駿さんの「もののけ姫」にでてくるシシ神w
その生命がそこに「在る」ことを象徴するような視線を送る1枚、という印象ではあります。indivisualという発見に至っていない、中世ヨーロッパの肖像画という例えもアリかもしれません。




ケイバを始めたきっかけが雑誌記事の写真ですので
自分なりにこの種のアンテナは持っていたようです。
その当時から今井さんの写真は優駿などで取り上げられていましたから
自然と触れる機会には恵まれていました。

あ、ちなみに、写真のテクニカルな部分については全然詳しくありません。興味があるけど手を出すに至らない、といういたって平凡な佇まいでおります。

ですので、清里でも、あくまで感じるまま、
表現者としてピントはどこに合っていたのだろう、
ウマの存在をどう感じていたのだろう、と思い巡らせつつ
ポートレイト群と向かい合っていました。




最近、ファン側のストーリーに寄り添ってレースの熱さを伝える写真は、むしろ増えているような印象もあり。
それ自体は全く好意的に受け止めています。
商業ベースでなくても、かっちょええ写真多いですよね。

ただ、今井さんの切り口に近いテイストにはなかなか出会えず。
その癖に良し悪しはあるのでしょうけどね。
専門的な知識を踏まえた論評など、触れてみたいものです。





追悼記事をしたためたいと思いつつ、落ち着いた心持ちの中で浮かぶ言葉を記しておきたく、なかなか書けずにおりました。

あ、面識はございません。あしからず。
あくまで写真家といちファンの距離でございます。



馬事文化賞は生前になんとかならないものかと思いつつ。
こんな素人にもなんだか受け取るものはありましたよ。
ステキな着眼点を、熱を、有難うございました。
ゆっくり休んでくださいませ。



2009.12.05


ブログパーツは公開当日にさくっと貼り付けましたが
その後書き込む余裕がなく。。。
今週も忙しかったー。



で、JBIS-Search。これはヤバイ存在ですね。
ちょいちょい回遊してみたところ、以下のデータを集約している模様。


日本中央競馬会(JRA)=中央のレース結果
地方競馬全国協会(NAR)=地方のレース結果
日本軽種馬登録協会=血統登録データ
日本軽種馬協会=種牡馬データ?とせり市の結果


…これ全部、公式データですから
検索機能をもった、日本の公式競馬データベース群ってことになるのでは。
やるなー。



検索結果からたどると
ウマごとに個別のページをもっていて
基本情報、競走成績、あれば繁殖成績も載っているという。

基礎データを無料で調べられる、というのが
一番の特徴のようです。

自分は使っていないのですが
JRA-VAN Data Lab.がレース結果の分析軸に比重を置いて
開発しているみたいですので
棲み分けは出来ている感じですね。

無料だからライトユーザーにも敷居が低いですしね。
お見事な判断と思いました。ステキ。




ただ、若干ふんわりしたところも。

レース結果で各馬の上がりタイムが表示されていないあたりは
BETA版ということなのでしょうかね。
JRAもNARもデータは持ってますからね。ふむ。
重要ですよね、上がり3ハロン。

また、JBISランク?とか、スピード指数といった数字も登場していますが
公式データという特性があるなら
ワールドサラブレッドランキングを載せたほうがよいような気がしますし。



あとは、アクセス超過で日曜午後にサーバが落ちるなんて
悲しいことがありませんようにw

某ケータイサイトはこの11月に何度となくやってしまっていましたから。
すごい負荷なんだろうなと想像しつつも
肝心な時間帯に止まるサービスって、と思ってしまいますので。




でも、こうした動きは大歓迎です。
細かなブラッシュアップを期待しつつ、つかいたおそうと思いますw


2009.10.27


2、3週前から告知がありました、Gallopリニューアル。

何か新しくなるらしい、くらいの予告でしたが
買ってみてなるほど。開きが逆になっていました。…。

原点に帰るってそこ?と思いつつパラパラとめくると、
大きな変化はなし。

個人的には、海外レポートのレイアウトは新しいほうが好みです。
カラーページのレイアウトはちょっとテイスト変わったようですね。
こちらも見やすくなっています。

でもパッと見はこのくらい。
まだじっくり読んではいないのでアレですが、
読み手からすると、ほのかなマイナーチェンジというところでしょうか。
開きを逆にするのは、出版という観点では大変なのかもしれないですが。


まぁ、これだけ長く続いている雑誌ですから
急激に誌面は変えにくいか。
自分もすごい違和感を覚えると思いますし。
軸足がブレないのは長く続くキーポイント、でしょうか。



ここのところ、データとデータ分析の記事の割合が増えているので
別の切り口からの骨太な記事、企画もほしいなーと感じてはいます。
具体性ないなー。読者はわがままですw


リニューアルの目玉企画として
武豊と横山典弘の対談。
ホストが福原アナなので武豊TVの流れかな。
これから読みます。骨太だといいなー。





*記事投稿5分後
なるほどー。縦書き中心になってますね。
読み始めたころのGallopが縦書きだったはずなので、
それで違和感少ないのかも。
個人的な慣れが大きいみたいです。納得。