2009.01.03

当初の書き込みで宣言したとおり
継続のジャッジ、いたしまーす。

そのために、読みました。昨年の書き込み全部。
…我ながら、すげー大変w数えてみたら118w

そして結論。
いったん手を止めます。



理由はいろいろありますが
大きくは、目的を達している、ということ。

まだまだ、書こうと思って書いていないことは
たくさんあります。
書評はついに書いていないし、
こころの名実況もまだまだあります。

ただ、この日記の当初の目的、こんなでした。

『…なんとなく、だらだら続きそうなファン歴に
ちょこっとだけ喝!をいれるべく、その都度の佇まいを
書き留めておく場所を作ってみました。』

これは十分達成しているだろうと。
まぁよく書きましたw



書き込みをすることで、自分の中で
漠然としていたイメージが整理されていくこと。
これはとても大きかったですね。

やっぱり自分は、ケイバという日常の中でごくまれに表れる
「例外」を求めているようです。

それは、超一流馬のハイパーパフォーマンスであったり
競馬サークルの固定観念を打ち破る戦略だったり
血統の平均値を越えた規格外の性質だったり。

それを評価するためには、逆に圧倒的な数の「常識」にも
ピントがあっていなければなりません。
だからこそ、「例外」を例外として確かに見抜くことが可能になるわけで。

驚くべきときに驚く。
それを待ち望む自分が確かに存在しています。

書き込むほどに
それが鮮明になっていったように思います。
だからウオッカウオッカ騒ぐんでしょうね。困ったもんです。


サブタイトル中にある「どんな風に楽しんでいこうかな?」は
もう言うに及ばず。
とっくに楽しんでおりましたwしかも全力でw

それを確認できたこの時点で
いったん筆を止めようと思います。
(ブログって「筆を止める」でよいのかな)



データはそのまま残しておきます。
そして別の形で立ち上げることがあるかもしれません。
そのときはまた、テキトーにお付き合いください。

あいもかわらず、ファン暦は続きます。競馬も続いていきます。
ご愛好ありがとうございました。
それでは。


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2009.01.01

「number」というスポーツ系の雑誌があります。
その時々のトレンドであるスポーツを中心に取材し
工夫を凝らした&画質のよい写真をふんだんに使って
誌面を構成しています。

1996年春。「number」の存在を知りたての自分は
日本ダービーの特集に触れることになりました。

特集は、サンデーサイレンスの2世代目をクローズアップ。
その中でもダンスインザダーク、そして
武豊のダービー初勝利なるか、という記事が中心になっていたと
記憶しています。


関西の最終兵器。ダークホースを指す言葉です。
今では死語ですね。その当時でも死語になりつつありました。
そんな切り口で紹介されていたウマがありました。

いわゆる常套句には、当時から全く信頼を置かない自分ですが、
一ページをまるまるつかった、そのウマの写真に
強烈に惹かれてしまっていました。

レース直後の姿をななめ正面から収めた写真は
全力疾走した後の躍動感、浮き出た血管と筋肉が
クリアに表現されていました。

そして記事は、発熱を繰り返し、思ったレースに使えない
陣営のもどかしさをつたえていました。

このウマが今度出るのか…。

一枚の写真とエピソードと。
その関心が、初めて自分から馬券を買う動機になりました。




はたして、そのウマはダービーを勝ちました。
自分が見初めたウマがダービーをとってしまった。
馬券も当てていたせいか、端的に舞い上がっていました。

この瞬間。ウマの特徴もなにもわからないところから、
1頭のダービー馬を追いかけることから
競馬ファンとしてのキャリアがスタートしています。



デビュー3戦目でダービーを制したのは
グレード制導入以降最短のキャリア。

いまだに、セオリーから外れた凄さ、「例外」的なパフォーマンスを見届ける瞬間に
心躍るのは、このときの経験が大きいのだと思われます。





フジの実況とともに、ゴール前の映像が今でも鮮明に
脳裏にうかびます。
「外から、音速の末脚が炸裂する、フサイチコンコルド!!」

第63代日本ダービー馬。
歴史的に屈指の実力を持っていたわけではありません。
ただその名前は、年を重ねるごとに
やさしい興奮をともなって響くようになっています。




…変な名前といえば、確かにそうなんですけどねw
そんなの、わかんなくなっちゃってるんですよ。



あと、鮮明に映像が浮かばない皆さまはこちらから。
1996年 東京優駿
…こちらもあまり鮮明ではないですねw


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