2009.01.01

「number」というスポーツ系の雑誌があります。
その時々のトレンドであるスポーツを中心に取材し
工夫を凝らした&画質のよい写真をふんだんに使って
誌面を構成しています。

1996年春。「number」の存在を知りたての自分は
日本ダービーの特集に触れることになりました。

特集は、サンデーサイレンスの2世代目をクローズアップ。
その中でもダンスインザダーク、そして
武豊のダービー初勝利なるか、という記事が中心になっていたと
記憶しています。


関西の最終兵器。ダークホースを指す言葉です。
今では死語ですね。その当時でも死語になりつつありました。
そんな切り口で紹介されていたウマがありました。

いわゆる常套句には、当時から全く信頼を置かない自分ですが、
一ページをまるまるつかった、そのウマの写真に
強烈に惹かれてしまっていました。

レース直後の姿をななめ正面から収めた写真は
全力疾走した後の躍動感、浮き出た血管と筋肉が
クリアに表現されていました。

そして記事は、発熱を繰り返し、思ったレースに使えない
陣営のもどかしさをつたえていました。

このウマが今度出るのか…。

一枚の写真とエピソードと。
その関心が、初めて自分から馬券を買う動機になりました。




はたして、そのウマはダービーを勝ちました。
自分が見初めたウマがダービーをとってしまった。
馬券も当てていたせいか、端的に舞い上がっていました。

この瞬間。ウマの特徴もなにもわからないところから、
1頭のダービー馬を追いかけることから
競馬ファンとしてのキャリアがスタートしています。



デビュー3戦目でダービーを制したのは
グレード制導入以降最短のキャリア。

いまだに、セオリーから外れた凄さ、「例外」的なパフォーマンスを見届ける瞬間に
心躍るのは、このときの経験が大きいのだと思われます。





フジの実況とともに、ゴール前の映像が今でも鮮明に
脳裏にうかびます。
「外から、音速の末脚が炸裂する、フサイチコンコルド!!」

第63代日本ダービー馬。
歴史的に屈指の実力を持っていたわけではありません。
ただその名前は、年を重ねるごとに
やさしい興奮をともなって響くようになっています。




…変な名前といえば、確かにそうなんですけどねw
そんなの、わかんなくなっちゃってるんですよ。



あと、鮮明に映像が浮かばない皆さまはこちらから。
1996年 東京優駿
…こちらもあまり鮮明ではないですねw


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