2010.07.04


直接その姿を見たのは、2年前の府中のみ、です。

長蛇の列の向こうに、遠巻きに見つけた白い馬体が
最初で最後の姿でした。

放牧中の骨折が原因とのこと。
25歳の年齢を考えると、妥当なジャッジであったと察しています。



残念ながら、競走馬オグリキャップの
リアルタイムの空気は全く知りません。

昭和から平成にかけて、というその現役の時期は
自分は思いっきり小学生でしたので、
ブームの余波?でぬいぐるみが家にあったのを覚えている程度です。
(ダビスタもまだありませんしね)

ケイバにはまり込んで以降、その分を
活字で補う作業はしてきたように思います。
ただ、読めば読むほど、その時期を肌で感じている書き手との
ギャップを思い知るばかりでしたけれども。


過去の映像を観ても、再現されるべき興奮は経験のない分、
割と事実確認のような佇まいになってしまう、悲しさ。

例えば最後の有馬記念。
手前の変え方に苦心した鞍上のエピソードを
なるほど、と確認してみたり。
ウイニングランに揺れるスタンドの具合で
きっと異常な空気だったんだなー、とか。

スローの展開に泣いたウマがいるよなー、と
冷静に見れちゃいますからね。
これがオグリファンなら、いい意味で「奇跡の復活」のひと言で済むわけです。
ストレートに、うらやましい。



…ケイバに魅せられちゃったおバカさんにとって
重要なレースの目撃者になることの「かけがえのなさ」は
オグリをはじめ、過去の名馬に教わったようですね。
書いててそんな気がしてきました。

リアルタイムの熱を感じてこそ。
ケイバファン同士でしか共有できない感覚でしょうかねw




…ひとつの時代が終わった、という慣用句には
今回は違和感を感じています。

ひとつの時代の潮流を作ったウマではあるのでしょう。
ダービー国際化元年。
今年、クラシックはさらなる開放を果たしました。
これから、これから。

在りし日のオグリを、その存在と功績を、
きれいに総括する記事はお目にかかれるでしょうか。
いまのケイバメディアの力、問われる場面と思います。
期待して、待っています。




最後に。

美しい引き際、という言葉がありますが
ファンが飲み下せる形での幕引きだったのではないでしょうか。
正直な感想です。
こうした表現しか見当たらないあたりは語彙不足、ですね。

でも、引き際を選ぶことは難しいですから。
これもスターホースのなせる業、かな。
有難いと思っています。



遅ればせながら、DVDを探そうかな。ミーハー?まぁねw
もう売り切れちゃってるかなー。




合掌。
安らかに眠ってください。



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