2011.04.29

日中、世田谷は馬事公苑の脇にあるスタバにおりました。

TSUTAYAに併設された店舗で
世田谷通りに面して一部オープンカフェになっており
家族連れや女子高生でにぎやかな雰囲気でした。
(聞こえてしまった会話は超女子トークw)

休日ということもあるでしょうが、ビジネス街のそれとはだいぶ違いますね。

…ホースショーは来週なんですけどねw
酔狂なロケーションは、集中して本が読みたかったためでございます。



そのワイガヤの中で
吉沢譲治さんの「血のジレンマ」を読了しました。

netkeibaのコラム等々でそのスタンスを拝見してきているため
自分としては、改めてまとまって整理された吉沢さんの見解を
読み進めたく買い求めた格好です。


著書の表面的なテーマは、サンデーサイレンスの血統が
日本で飽和している現状を整理すること。

これはもうケイバファンならご存知の通り。
血統シミュレーションゲームファンでもピンとくる話でしょう。

父系も母系も同じサンデーの血が強い影響をもっているため
平たく言えば、次に何を配合すればいい?という
わかりやすい(ビジネス)モデルが示せなくなっている現状を
サイヤーランキングやアーニングインデックス等のデータを取り上げつつ
示しています。
それを血のジレンマ、と表現されているわけですね。

歴史的な事例として、1900年前後のイギリス、セントサイモンを示しながら
爆発的な影響力を持った種牡馬のその血脈の顛末を
日本のサンデーサイレンスになぞらえる、定番といえば定番の議論を
きれいにとりまとめてもいます。


あえて「表面的なテーマ」と表現したのは
サンデーの血の飽和を語ることで、結果的に
日本の馬産事業が全体的に縮小均衡に向かっている事実を
必ずしも明示的ではないですが(いちおう血統の本ですので)
危惧、というニュアンスで指摘しているためです。

それはサンデーサイレンスという血の影響力と
その影響力を信じた投資、つまりより高い成功の確率に
リスクヘッジした(つもりの)マネーが
いつまで生産界に流入し続けることが可能か、という
議論にもつながるわけです。

未来予想図が描きづらいという指摘と
それに対する吉沢さんの慎重な姿勢は
あとがきのなかに垣間見ることができました。


一応終章では、経済的な縮小均衡を打破するためにも
サンデーの血脈を日本から世界に発信すべきという
コンセプトを示していますが、それはごく一般的な見解でもあり
そのために具体的にどんなアクションが必要か、という
もうひとつ踏み込んだ指摘には至っていません。

血統が主要なテーマというコンセプトもあったと思いますが
むしろそこから先の議論を留めている、という印象でした。

なんというか、こうしてみたらどうか、という実効的な処方箋を
温めているように言外に読み取れたのですよね。

ただそれはバイヤーでもブリーダーでもない評論家の立場からは
おおっぴらに言及しづらい類の議論なのかな、とも邪推している次第で。

ほんとうはその第三者的な言及こそが、読みたい評論であり
中小の生産牧場へのカンフル剤になるようにも思うのですが。

粗野な発言になったとしても、
それは混乱の元でしょうか、新しい馬産モデルへの萌芽でしょうか。

画竜点睛を欠く、とは思っていませんが、できれば
資本からも経営からも距離のあるはずの吉沢さんのアイデアを
読んでみたかったと思う次第です。


このメインテーマ、誰と問わず
引き続き精度の高い議論を期待したいと思っています。

少なくとも自分の目の黒いうちは、
ジャパニーズケイバを楽しみ続けたいですからね。

競馬事業の継続性について、目先の利益や興奮だけでない
ピントの合わせ方が
メディアを通じた議論で醸成されるのが理想、
あぁ、書いてて激しく理想なのだとは思いますがw

良質な読み手である努力もまた、必要なことと思っています。
いいものをいいと言えるファンでありたいですね(謎
自戒を込めて、がんばります(謎々




少し視点を変えて。
メインテーマであるサンデーの血の飽和について語る中で、
いくつか唸る個所がありました。


3×4のインブリードに名馬が多いという定説。
まぁ怪しいよね、という趣旨の記事は昔からよく目にしてきました。

本書の第2章で、まさに鮮やかにこの説を相対化しています。
この議論はこれで決着、としてよいのではないでしょうか。
それくらいインパクトがありました。

名馬を生み出す方程式にたどり着くのは
なんと難しいことでしょう。と端的に嘆息、でした。


また、サンデーの影響力に対するカウンターとしての
フジキセキ考。
こちらもまた見事でした。

なぜ初年度産駒が走らなかったのか、
産駒の特長とマーケットの評価にみるギャップ、
その後のシャトルサイアーとしての評価、現在に至るまでの
サンデーサイレンス系普及のパイオニアとしての役割。

その長男っぷりのレポーティングは秀逸と思います。
第3章、必見です。



そして、スタミナを内包する血の重要性。

ミスプロ系にしてもサンデー系にしても
仕上がりの早いスピードタイプの血が大成するためには
スタミナに秀でた母系の支えがあったという分析。
これは以前から一貫した視点と理解しています。


先日の皐月賞。
圧勝したオルフェーヴルの血統構成に想うこと。
母の父、メジロマックイーン。

そのマックイーンを生み出したメジロ牧場は
今週、事業撤退を発表しました。

スピード化の波に老舗オーナーブリーダーは
そのこだわりを貫くことかないませんでした。

本日netkeibaでの吉沢さんのコラムはこのトピック。
沈痛な文面に終始していましたね。。。

縮小均衡の中で失っていくもの。
この喪失感はケイバに限らず、これからそれなりの時間をかけて
日本人が生活の様々な場面で味わっていくものなのだろうか、と
漠とした思いに駆られました。

ちょうど今週は天皇賞(春)。
4コーナー先頭から豊富なスタミナで直線を押し切りにかかる、
CMに映るマックイーンの姿に
先週までとは全く違った感慨を覚えます。




かなり脱線しますが、ちょっと思い出しました。

自分がダビスタにはまっていたとき(最初のPS版)、
サンデーを交配する魅力はアウトブリードでの安定感でした。

アウトブリードの健康的なイメージと
十分楽しめるだけの高い能力で生産できる感覚が
好きだったんですよね。

あ、バンダン配合でガリガリ、みたいなプレイとは無縁でしたw

すでに今は、たやすくサンデーの3×3が成立してしまう状況。
サンデーの意味は変わってしまっていることに
こんな観点からも気づいてしまいました。


本書では、配合にかかる考え方に触れている箇所があります。

配合のトレンドや時代のニーズなど
様々な要因が重なることもあって
ある配合理論にすべてを当てはめることは難しい、
すべては仮説の域を出ない、という趣旨の分析。

吉沢さんの結論は、血統に対する判断は正否ではなく
好き嫌いというスタンスが妥当ではないか、というもの。
このバランス感覚を自分は支持します。

このバランス感覚を、サラブレッドビジネスの場面に
そのまま持ち込んでペイし続けるのは
難しいことと理解はしています。

が、血統をいたずらに消費せず、次の世代につなげることは
このビジネスに携わる人には心に留めておいてほしい
特殊なノブレスオブリッジではないか、と感じています。

すみません、外野から偉そうなことを。

でも土をいたずらに酷使してよい農作物って育たないと思うんですよね。
その感覚がそのまま血統の質を保つことにあてはまる、と考えています。

ここにケイバの継続性の源泉があるとも思っています。




最後に。

馬事文化賞、確定のような気がしてきましたw
井上オークスさんには申し訳ないですがwww




さて、天皇賞(春)に向かい合わないといけませんね。


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