2011.07.24
2001年フェブラリーS当日。

アグネスデジタルに肉薄するトーシンブリザードを
鳥肌もので目撃する2時間ほど前のこと。

当時は同日にヒヤシンスSが開催されていました。

正直、自分の関心度は高くはなく(今から思うとねー)
レース発走直前に府中に到着したことを覚えています。

3コーナーを回る逃げ馬がかかり気味なのを
メモリアルスタンド内を歩きながらモニターで確認しつつ外へ。

柔らかな鞍上と、重戦車のような突進力のコントラスト。
4コーナーを馬なりでパスする姿を印象的に目撃いたしました。

あまり追うところなく、首のリズムに合わせるような手綱の動き。
逃げウマはそのまま1マイルを押し切りました。


1000m通過は58.3。
現場では馬群が縦長だから速いんだろうなー、くらいに思っていましたが
後日ラップを確認して改めてびっくり。

その前の年の武蔵野Sでサウスヴィグラスが
爆走した際のラップが57.7でした。
改装後に府中のレコードからはその名が消えましたが
日本レコードとして残る1:33.3を計時したレースです。

3コーナーからの捲りで、1000m通過時には
そのサウスヴィグラスに半馬身差くらいまで迫っていたのが、
いわずもがな、1:33.3の張本人、芦毛のモンスター・クロフネ。

フェブラリーSを待たずに引退を決めたクロフネの残像が
色濃く残っていた時期でもあったでしょう。
クロフネの再来。
ハイペースを自ら演出して押し切る姿に
レース直後から、早くもなぞらえる声が出始めていました。

誰ですか、オーシャンエイプスが
ディープの再来って言われてたよな、とか思いあたってる人はw



エストレーノ。

これでダート2戦2勝。
池江厩舎と武豊のコンビ、そしてUAEダービーへの登録は
期待の大きさの表れ、と素直に受け取っていました。

当時の無垢さ(うそだ)も相まって、自分も期待をかけた一人でした。
ヒヤシンスSの走りで魔法がかかってしまった格好ですw

あのかかる気性がどうなるんだろう、とか
皐月賞を目指すってやめたほうがいいよとかw
あれこれ思いが巡るようになっていました。

なにより、JDDでどんなパフォーマンスを魅せるのか。
わくわくしながら待てるレースがひとつ増えておりました。





2010年3月の優駿で、池江泰寿調教師が
調教助手時代の思い出として、エストレーノを語っています。

5月の兵庫チャンピオンシップ2着後、痛みを耐えてしまったエストレーノに
気づいてあげられなかった悔恨の言葉。
腸が壊死し胃破裂を起こしていた容体は、
開腹した時点ではすでに手遅れだったそうです。。。

我慢をするならレース序盤でしておこうよ。。。



春先の主戦の落馬事故。初芝となったNZTでの惨敗。
兵庫ではかつて負かしたインタータイヨウに先着される結果。

呑気ないちファンは、レース裏側の戦いを知らぬままに
まだまだ、と期待だけを膨らませていました。

Gallopで一報を目にしたはずです。ニュースはショックでした。





その年の7月、JDD。

絶対にゴールドアリュールを見届けたかったのは
自身のパフォーマンスへの期待ももちろんでしたが
僚馬の弔いレース、という意味づけが加わってしまったからでしょう。

表に現れるテンションはうらはらになるものです。
パドック最前列でゴールドアリュールすげーすげー、と
はしゃぎまくっておりましたw
謎の馬体解説まで飛び出しており、その節は大変ご迷惑をおかけしましたw

ダービー5着馬のJDD圧勝。

レースの大興奮と、秋のダート戦線への期待感が
ひとしきり落ち着いた後、
やってきたのは、ベタでセンチメンタルな「たられば」でした。

エストレーノがいたら。

大井の馬場は向いたはず、とか
鞍上はどちらを選んだだろう、とか
有力馬の仕掛けどころは変わっていただろう、とか。
こうしたイメージは尽きませんね。





先日、レーシングビュアーにあがっている
ヒヤシンスSの映像を久しぶりに見ました。

その当時はもっと間延びした、胴長の馬体とインプットしていたのですが
そこまででもなかったかな。
このパフォーマンスでは先々課題と不安を残した格好だな、などと
冷静に観るいまの自分がいたり。やだやだ。



上村ジョッキーが自身のブログで
当時エストレーノに調教をつけていたことをコメントしています。
今年2月の記事ですね。

当時のことは追って書きます、という内容でした。
こちらは力を抜いて待ちたいと思っています。



エストレーノの母Knight Prospectorの血統は
池江厩舎でコンスタントに走っています。

骨量も筋肉量も豊富で、切れない代わりに息の長い脚を使う。
そんなイメージが、インバルコにもインオラリオにもありますね。




そうやって、折にふれて思い出す機会があるのは
幸せなことかな、と思い始めています。






最後にひとつ。妄想を。

先の優駿の記事を待たずに知っていたことではありますが
池江泰寿厩舎のキャップとジャンパー。
「Estreno」の文字がはいっています。

先生の想いに比べるべくもないですが
もし、もし直接、当時の想いを交わす機会に恵まれるのなら。

その時は「Estreno」キャップをひとつ、
おねだりしようと思っています。

…ダメかなw



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