2011.08.19


一報から2日ほど経ちました。

馬房で頭を強打したそうです。
事実ならシンプルに事故なのでしょう。
悲しむべきことであり、起こりうることであると理解しています。

西山オーナーのブログも冷静な様でいて
戸惑いと悲しみをたたえていました。



月並みでしょうが、真っ先に思い出すのは菊花賞。
鞍上が示した淀3000mの逃げ方。

セイウンスカイが逃げ切るまでは
菊花賞の逃げ切りは難しい、というのが常識でした。

1000mを3分割し、急緩急を作り出すそれ。
スローペース症候群、と揶揄された頃の
ダンスインザダーク、マチカネフクキタルらとは対照的な展開。
実現するだけの折り合いと末脚の持続力が必要です。

京都大賞典の予行演習が伊達ではなかったと自分が思い知るのは
レース後しばらく経ってからでした。

1周目スタンド前。
少しハミを噛み気味で進軍する芦毛の姿は印象深いものです。


マイネルデスポット、アドマイヤジャパン、アドマイヤメイン。
その後、人気薄の逃げウマがゴール寸前まで粘り込む姿が増えたのは
98年に示された必勝パターンの賜物と思っています。

でも見事逃げ切ったはセイウンスカイだけですよね。



有馬記念、天皇賞春、天皇賞秋。

個人的には、予想の上で自信を持って切る、
あるいは評価を下げる対象でした。
逆の意味で相性が良かった、と表現するのは失礼でしょうか。

特に99年天皇賞秋。1番人気に推された2冠馬を自信を持って切ったことは
自分の磨いてきた物差しに手ごたえを感じさせてくれました。
…あー、わかったつもりになれるだけ幸せ者ということでw

そのときはエアジハード本命。対抗ステイゴールド。
確かに詰めは甘かったですねw




ロジユニヴァースのダービー制覇を祝した武豊TV。
ゲストにダービージョッキーの横山典弘の姿がありました。

歴史的不良馬場のダービーとともに
2人のベストバウト回顧のコーナーがあり
セイウンスカイとスペシャルウィークを取り上げていました。

2冠馬の鞍上曰く、10歳くらいまで走っていて欲しかったそうです。

西山オーナーも自身のブログで同様のコメントを寄せています。

引退のタイミングを逃したではなく、まだ走らせるべきではなかったか。
引退時期を間違えたのではないか、という悔恨の混じったコメントでした。

…そこまで言われてしまうとね。


怪我がなければ、あるいは。
淀の3200mでテイエムオペラオーを、マンハッタンカフェを、退けていたかも知れません。

勝手な画を浮かべられるのは
残されたファンの特権でしょう。



16歳、少し早いかな。
そんなところまで逃げ切らなくてもいいのにね。



冥福を祈ります。
合掌。


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