2011.10.05


千葉の過去の天気と気温を記したページを
先ほどまで観ていました。

先月9月半ばには連日30度を超える最高気温が、
9月の最終週には平均23~24度へ。
最低気温もこれに比例して平均6~8度下がっていました。

夏日をいきなり断ち切って急激に秋めく、という
情緒には少し乏しい季節の変わり目を迎えています。


ここ数年、こうした四季の寒暖の変化は
力の弱まった生命をふるいにかける役目を負っているのではないか、と
思い至るようになりました。

自然への感度と畏怖を育むには十分な厳しさ。
日本の四季の中で老いるということは、
自然が求める淘汰との葛藤であるのでしょう。

自分自身が少なからず肉体的な若さを削がれ始めている、というだけでなく
自分を育んだ諸先輩が力尽く様を目の当たりにする経験が増えてきたことも
こうした感慨につながっているのだと噛みしめているところです。




優駿は2号にわたって70周年記念の特集を組んでいます。

過去の記事を再録しながら、日本競馬をレビューし続けた
その歴史の堆積と立ち位置を改めて確認するような特集です。

昭和40~50年代の価値観。
ハイセイコーを通過しても、TTGを通過しても
日本競馬が達することのなかったスローガンがありましたね。
「シンザンを超えろ」。

回顧記事の中に改めて読み取ったのは
のちの7冠馬が身をもって示した「王道」という答えでした。

クラシック3冠で世代の頂点に立ち、
その年の有馬記念で世代を超えた頂へ昇る。

古馬として春は天皇賞、宝塚記念。
秋は天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念。
そのすべてで人の気を背負い、これに応え続ける。

多くの競馬ファンにとって、強者を語る際の
前提となる共通の概念です。

シンザンの蹄跡をなぞり、シンザンを超える7冠の栄誉によって
日本競馬に生まれたのは、まさにクラシックと呼ぶにふさわしい、
権威と羨望をまとった「王道」という概念だと思っています。


出来上がった権威に挑む難しさ。
それを自分はディープインパクトで目撃することができました。

その菊花賞に向かう京阪の車中、おそらく全車両のつり広告が
かつての無敗の3冠馬と対照するポスターでした。

権威に弱いタイプなのでしょうかねw
いやいや、広告を見る自分にあったのは、端的に
この共通概念を生み出した存在への羨望と畏怖、
そしてそれに挑む若き英雄と、その歴史的な瞬間に臨もうとする自分への
シンプルな興奮だったと思っています。





2010年、秋の府中競馬場。29歳の「王道」は変わらぬ佇まいで
パドックを周回していました。

その時の投稿。記事全体が浮かれモードですが、
その当時のテンションをご推察いただければ。
府中回遊

グリーンチャンネルでは
当時の関係者のドキュメント映像をまとめていたようです。
先ほど発見しましたので、時間を作って観ようと思っています。


一度だけでしたがその緊張感のある佇まいを
目の当たりにできてよかった。

だらしなく年老いてはいけない、という自戒が勝手に芽生えていますよ。
ウマから受け取ることではないのかもしれませんが。

…あぁ、この背筋が伸びる感覚は
野平先生の言葉に触れるときと似ていますね。





皇帝シンボリルドルフ、死去。

30という齢と、伝え聞く最期の様子は
大往生でよいかと受け止めております。

示された王道が王道としてあり続けるべきか、
それはファンを含めたケイバに携わるすべての人間が
抗いきれず淘汰されていくスピードの中で
じっくりと言葉を重ねていくべきことと心得ます。

今年も王道に挑む人馬がいますのでね。

しっかり見届けていきます。



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