2011.12.31


本年もご愛顧、有難うございました。


3月の競馬中止は必然ながらもショックでした。
競馬どころじゃない、という声に
何とも反論しづらかったことを思い出しております。

極力、競馬への気持ちが途切れないよう努めていましたが
普段はそんな心がけ、しないですものね。

やはり東日本大震災以降の世界は別物と思う次第です。

不謹慎との声もありましたが、いち早く
競馬再開の決断に踏み切ったこと、
そして復興支援競馬、と冠して「被災」への姿勢を示したこと。

当時はそれでも遅い、と思っていましたが
妥当な姿勢だったと思っています。



先日、仙台の本屋さんで読み回しされたジャンプが
集英社に寄贈された、というニュースも目にしました。

大変な時期だからこその娯楽、という在り方。
ひとは緊張をそらし、再び向かい合うための活力を
受け取る機会を必要としているのでしょうね。

そのあたりの感覚は当時からブレがないみたいです、自分。
今年3月の記事、読み返してみました。
競馬再開
継続すること



特にこの春は、通常とした生活に戻っていく、その間に
毎週の競馬を迎えていたように思っています。


例えば、府中の皐月賞。
鮮やかなターフの緑色と、春の陽射しと、
後の3冠馬の末脚と。

父の退院と重なっていたこともあり
現場にはいなかったのですが
ゴール前の画は印象的なんですよね。

自分の中では、今年の皐月賞が
震災からの復興の象徴という記憶になっています。




この記事のタイトルは、B'zのアルバム曲から。

震災後にでたアルバムですが、TOWER RECORDのインタビュー記事を見る限り
震災前からあたためていたテーマのようですね。

歌詞の内容をストレートに受け止めると、
子どもの存在に戸惑う親向け、と理解できますが
自分としては震災後の世界ともリンクするように受け取っています。


「どんな想い 注ぎこみ その命に名をつけた?」


その命のとかかわりを受け取りなおす場面で
この歌詞は優しく響くように思います。

個人的に、年下の同僚をひとり急病で亡くしていまして。
本人は急にふっといなくなった格好なのでしょうが
残された1歳のこどもの姿、なんと見つめたらよいのか。

ちゃんと期待された命であることは
どこかで伝える必要があるでしょうか。




例えば、ジョワドヴィーヴル。

スミヨンが命名したようですが
ブエナビスタとの苦い経験の向こうにある命名。
どんな想いがそこにあったでしょうね。




JAIRS、ジャパン・スタッドブック・インターナショナル。
以前は競走馬登録協会ですね。

ここのデータベースでは血統表の他に
馬名の由来も見ることができます。

IEのみというのが激しくいただけないのですが
好きなウマの名前の由来を調べてみるのも
いいかもしれません。
JAIRS



…「命名」の歌詞については、ストレートすぎて
受け取りにくい人もいるでしょうね。
タイミングもあるでしょうが、自分には響きました。





さて、もうすぐ年が変わります。

読み手の皆様のご健勝を祈念しつつ
引き続き駄文拙文、お付き合いくださいませ。

来年もよい年でありますように。




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