2012.08.02


直接競馬ネタでない投稿になります。

ときどきチェックしているPRESIDENT Onlineで興味深い書評を見つけましたので、取り上げておこうと思いました。「一流の発想法・勉強法」というコーナーのタイトルのつけ方にはちょっと鼻につくものを覚えたりしているのですが、コンテンツの内容は別ということで。あー、自分は経済や経営に強いひとでは全くありません。見聞を広める目的であちこち拾い読みしている程度ですので、そのあたりはご容赦をいただきたく。

『ストラテジストにさよならを』 楠木 建の「戦略読書日記」【第16回】

「ストラテジストにさよならを」という個人投資家向けの指南書についての紹介記事です。個人投資をテーマにする記事はそこから経済の話を平易に読み進められる経験が多くあり、今回もその期待から読み始めたのですが、ストラテジスト=競馬予想家と置き換えてしまったのがいけませんでしたw いろいろ競馬に置き換えながら読み進めると面白くなってきてしまい。特に以下の要約文にハマってしまいました。

「予想」という「できるわけがないこと」を求められているのがストラテジストだという、身も蓋もない結論である。


ひどいわw 身も蓋もないわw でも合ってるねw そう考えるとどちらの立場もよく職業として成り立っているなーなどと思いつつ、できるわけがないことに素人が挑むとき、こうした存在が頼もしく映るのかなーとも思って見たり。


書評を読む限り紹介されている本は、極めて当たり前のことを当たり前に語っているがゆえにエッジが効いた内容となっているようです。この記事を書かれた方もそこに魅力を覚えているようです。以下、書評の中から自分が膝を打ったストロングリターンなセンテンスを引用します。

著者も含めてこうした専門家は、市場の予測能力という点ではみんな似たり寄ったりだという。本当に抜きん出ることができる人がいたとしたら、他人にアドバイスなどせず、自分で相場を張って儲けているはずだ。


これはもうそのまま。回収率100%を超える恒久的なメソッドが本当に見つかったのなら、不特定多数に公開なんてしないでしょうからね。

細かい手数を繰り返すことで長期的に銘柄をしぼりこんでいき、じっくりとポートフォリオを最適化していく。もちろん、「このとおりやっても成功するかどうかは(当然のことながら)わからない」とつけ加えることを著者は忘れない。


これは一定の精度をもった方法論を細かく補正しながら長期的に勝負を続ける、と言い換えができるでしょうか。成功するかわからないのはどちらも同じ、ですね。

投資において理論はとても重要である。これが著者に一貫したスタンスだ。著者がいう「理論」というのは、「相場に対する構え」なり「投資哲学」「大局観」を意味している。そういうものが背後にあって判断を繰り返していくのと、まったくのドタ勘勝負を重ねるのとでは、長期的に見て結果は違ってくる。究極的には「株式とは何か」「市場とは何か」を自分のスタンスで突き詰めるしかないという話である。


これが一番余韻を残すフレーズでした。はい、もろもろ競馬に置き換えて読んでみてください。

地に足をつけて、謙虚に、現実的に市場とつきあう。大負けすることを避けながら投資というゲームに参加し続ける。それを続けていけば、相場が勝手にブレる。結果的に独自のポジションがとれるようになる。これが、著者の考える「長期投資」である。


ここが肝心な要旨になるでしょうか。扇情的なストラテジストの言葉より自分のスタンスをじっくり醸成する方を推奨する、という結論に至っているようです。



こちらは競馬のブログでしたねw

このまま引用しててもアレですし、競馬と結びついたからこそポストしていますので、競馬とストラテジストの関係について、思ったこと。投資家向けのストラテジストに対する上記の批判は、そのまま競馬にはトレースできないと感じています。

端的に言うと、競馬予想にストラテジストは必要と思います。濫立しているくらいでちょうどいい。さよなら、なんてとんでもないです。ですので「競馬ストラテジー」的なブログももちろん推奨でございますw ん?

競馬は株や為替の投資とは少々異なると思うんですよね。確かに金銭的なリターンという点は共通ですが、あくまでこちらはギャンブルであって、エンターテインメントであって。株式や為替市場などの不確実性とレースや競走馬の不確実性には、けっこうなギャップがあると感じています。ロジカルに語れるほどうまくまとまっていないのですが、少なくともウマとは「約束」ができませんし「利益」も求めませんからね。

ギャンブルでありエンターテインメントであるがゆえに、あえて不確実性を煽るようなスポーツ紙の記事や、先入観や思い入れたっぷりの心情予想など、ストラテジーから遠く離れていることが明白なスタンスであっても大きく許容されうるのだと考えています。そうした雑多な参加者が厚みをもったベッティングをするからこそ、ある方法論を究めようとする予想家のストラテジーが光るのだと思っています。

一方、自分の買い方。借りてきた予想ではなく、自分なりの着眼で結論をだすことにこだわっているのもいまさらながら腑に落ちているところです。たぶん「当てたい」のではなく「わかりたい」し「読み切りたい」んですね。普段から大きく賭けないのも、当たった金額の大きさであまり興奮しないのも、外れて損をしても気に留めないレースがあったりするのもそのせいかなと。見る人から見れば単なる養分かもしれませんが、前向きに取り組めていることは何よりではないでしょうか。長く楽しむポイントと心得ます。まぁ好奇心と探究心にあふれた養分ということになるでしょうかねw



最後に。

紹介されている本、まだ読んではいません。競馬と対照しながら読み進めるなら、個人投資をもくろむひとより面白く読めるかもしれませんので、時間を見つけて読もうかなと思っています。なかなか扇情的な書評に出会うことができましたw


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