2016.06.25


2005年のユニコーンS。前週のダービーの余韻が残る東京競馬場のパドックには、無敗の2冠馬と同じ勝負服の1番人気が周回を重ねていました。騎乗命令がかかり、出走馬がパドックから地下馬道に消えていく少し手前で、不意にどこからかおじさんの声が。「打倒!……(すこし躊躇するような間があって)……ディープインパクト!!」

…パドックは小さなざわめきと小さな失笑があちこち漏れる微妙な空気に。自分は悪友と「さすがにそれはないだろw」「今日はダートだけど、どうやって打倒すんのw」という真正面からのツッコミをこしょこしょ入れておりました。

「砂のディープインパクト」の異名はこのくらいの上ずった空気も生み出していたというエピソードになるでしょうか。端午Sの時点でディープインパクトに依らず、期待値は高かったですからね。他にも「雷神」「雷帝」などいくつかの異名で通ったカネヒキリ。最初の思い出は、と記憶を手繰ったところ、この無理を承知なヤジに行き当たりました。


ダービーウィークの訃報でした。種付け中の事故とのこと。見学不可の優駿スタリオンでの
供用でしたから、直接会いに行けるのはすこし先かな、などと思っていました。残念ながらそれも叶わなくなりましたね。あーもちろん各牧場の意向は前向きに尊重している前提です。会いにいけなかったじゃないかーみたいなテンションではございません。そこは大丈夫。
カネヒキリ号が死亡 JRA

実は引退直後から競走生活のまとめを書こう書こうと思いながら、いまに至ってしまっています。産駒デビューのタイミングが一番しっくり来ていたんですけどね。まぁタイミングよく?色々起こるわけで、落ち着いて自分の記憶や評価や思いに向き合う時間が取れないまま流れてしまっていました。いまだ「カネヒキリ、書けてない!」というテンションが持続していますから、…長過ぎですねw


競走成績をきっちり追って書いていくととてもまとまりませんので、印象深いポイントをいくつか拾い上げながら書き記していこうと思います。
競走成績:全競走成績|カネヒキリ|JBISサーチ(JBIS-Search)


アジュディミツオーに敗れた帝王賞までは、細かな分析よりお気に入りという気持ちが前面に出しながら応援していました。ジャパンダートダービーとジャパンカップダート、フェブラリーSは現地観戦。ジャパンカップダートの辛勝、リアルタイムではテンションが乱高下していたのを覚えています。そう考えると、レースの分析力がついてきたのは半笑いさんの中間ラップ的な着眼に触れてからかもしれません。そうそう、後年このジャパンカップダートを3着したスターキングマンに青森で再会するのですが、これはまた別の話。

帝王賞は悔しかったですねー。上記の現地観戦はすべて悪友と繰り出していたのですが、この時だけ自分が仕事で観ることが叶わず。あの一騎打ちを観られなかったんですよねー。後々まで悪友から謎の自慢をされる始末でして、痛恨の極みでございます。本当に仕事って何でしょうねw


屈腱炎を乗り越えての阪神でのジャパンカップダート、仁川まで行きましたねー。カネヒキリの応援でもありましたが、府中のジャパンカップダートが皆勤だったんですよね。ウイングアローから全部ですから、途切れさせたくないという変な意地が覗いてもいました。阪神1800mへの期待も、ヴァーミリアンとカネヒキリの対決が楽しみだったこともあり、現地観戦にいたしました。

10番枠からスタートして、3コーナーでは内ラチ沿い、逃げるサクセスブロッケンの真後ろに構える素晴らしい立ち回り。4コーナーではアメリカから参戦したティンカップチャリスが
右回りの遠心力に耐え切れず膨れてしまい(アメリカ競馬は左回りばかりですものね)、ルメールは慌てずその間隙を取って抜け出しました。

進路が開いたときはさすがに声が出ましたねー。そのあたりの様子は当時の記事にしたためてございます。ヴァーミリアンの鞍上にしれっとイヤミも含めておりますね。困ったもんだw
more than a DECADE JCダート観戦記


同期のヴァーミリアンとは4歳のフェブラリーSで対戦して以来。生涯戦歴を比べればキャリアのピークがずれていたとも距離適性がずれていたとも語れるでしょう。ヴァーミリアン、カネヒキリ療養中がピークといっていいでしょうか、とくに圧勝したフェブラリーSはマイルでは短いと評価される同馬にとってキャリアハイのパフォーマンスだったと思っています。

2頭のチャンピオンの交錯。このジャパンカップダートから東京大賞典に向かうあたり、特に同期対決というマスコミの強い煽りはありませんでしたけどね、レース前のわくわく感がとても高かったのを覚えています。

ヴァーミリアンはスプリングSを惨敗した時から動向を気にしていた1頭でした。武豊がクラシック本番で乗れないことから(ディープがいましたので)トライアルから降板させる拙速な流れが引っかかっていたのを思い出します。そうそう、その日は岡部さんの引退セレモニーがあっての中山参戦でした。…いけませんね、芋づる式に記憶が呼び起こされていますw あのお神輿の話をしたいのではないのですよw


G1連勝で決めた東京大賞典は、最前列で見届けたパドックをよく覚えています。10頭立ての7番から、フリオーソ、サクセスブロッケン、カネヒキリ、ブルーコンコルド、1番に戻ってヴァーミリアン、ボンネビルレコードと、まさに重量級のオンパレード。500kg超級が順番に目の前を通過するわけですから、圧巻でした。もうボディビルよろしく「キレてます!」とかけ声は…かけませんでしたけどw 大変貴重な経験をさせていただきました。

レース結果と回顧記事は以下にて。衝撃的な上がり勝負でした。
10R 東京大賞典(中央交流)|2008年12月29日(月)15回大井4日|JBISサーチ(JBIS-Search)
more than a DECADE 東京大賞典


そうそう、そのパドックで、目が綺麗だなーと思っていました。その時は思い至らなかったのですが、オーナーはディープインパクトの目に魅かれて競り落としたとか。カネヒキリもくりんとして真っ直ぐな視線でしたから、ひょっとしたらオーナーの中では共通するところがあったのかもしれません。あまりインタビュー記事を見かけませんから、どこかでまとまった読み物があれば目にしたいですね。


そのオーナーの決断が、カネヒキリを前例のない治療に向かわせました。競走生活後半の軌跡に大きく影響をした幹細胞の移植手術。復帰してジャパンカップダートを制してからはだいぶカネヒキリのイメージが変化したと感じています。関連記事はこんなところでしょうか。
第1回幹細胞治療および再生医療セミナーが開催される | 馬産地ニュース | 競走馬のふるさと案内所
カネヒキリ復活神話続く/フェブラリーS - 競馬ニュース : nikkansports.com

うろ覚えなので裏を取りたかったのですが、手術後は患部のために馬体を仕上げ切ることも緩めることもリスクが大きかった、という主旨の角居師のコメントを目にした記憶があり。ラスト3戦のローテーションはその難しさを物語っているように思っています。


いまになっての視点。海外と芝を除くと、唯一3着を外しているのが復帰戦の武蔵野S。当時は内枠が仇になって終始包まれたままの不完全燃焼だったレース、という認識でした。ただ残念に思っていただけでしたが、いまいま改めて見直してみるとちょっとした仮説に行き当たった次第です。

もし、カネヒキリが一切躊躇せずに屈腱炎前のカラダの使い方で直線加速をしようとした場合、再発のリスクが高くなってしまうでしょう。ひとの側の思惑として、ブレーキを引かざるを得ない展開があれば、馬の評価に大きな傷をつけずに、馬体への負担が大きくならない形で復帰戦=試走を無事に終えることができる。最内枠スタートという難しい条件を逆手に取って、馬込みの中で進路を探り、加速ができずに負けたというエクスキューズなら一応成立しますよね。

その前提でレース映像を観ると、直線半ばにいったん追う動作が続いてから、今度は手綱を抑えている姿。このままゴールに入るわけですが、これが減速をさせない程度に首の可動域を制御しているように見えなくもないかと。こちらの主観が過ぎていますかね。どれくらい事前に考慮されたのかも計りかねてしまいますが、実は難しいミッションを武豊は請け負っていたのかもしれません。…単に詰まって負けたなら邪推が過ぎただけですけどね。


個人的なイメージをもう少し。縦軸にスピード、横軸に秒をとって、カネヒキリの末脚をグラフ的に表現するなら、きれいな放物線を描くようなイメージをもっています。しっかり計ればきっと違うのでしょうが、急な加速も急な減速もない、なだらかなスピードの変遷がグラフ化されるように思っています。

どんなコース、どんな馬場コンディションでも比較的そのイメージ通り、安定した末脚を見ることができたように思っていまして、それはおそらく、カネヒキリのメンタルの安定でもあったのかもしれません。

窮屈なテンションに陥っている記憶がないんですよね。いつもフィジカルをしっかり主張して、パドックではいつも外々をピッチ速めにのしのしと躍動して、レースでは全力でトップスピードを披露していつも通りの減速カーブを描いてくれる、という確信が常にありました。思い出が過剰に美化されているかしら。とりあえず、同じフジキセキですが、いつでもキョロキョロしているイスラボニータとはだいぶ異なりますねw

ひたむきさや執念といった感情よりは、マイペースあるいは無邪気といった表現の方がしっくりくるキャラクター。健康的なマッチョ、というと凄まじい語弊を招きそうですがw こんな心象は現役通じて自分の中であまり変わりないものでした。



いよいよとりとめがなくなってきました。
締めましょうか。

こうやって書きながら振り返ると、現場で観戦して一喜一憂しながら、しっかりい元気をもらっていたんでしょうね。ファン歴の中でオンリーワンみたいなお気に入り感はないのですが、長くお付き合いをした馬ですから。

イメージが連関してしまったので書いちゃいますが、BUMP OF CHICKENの「花の名」という曲で「生きる力を借りたから 生きているうちに返さなきゃ」という一節がありまして。いやーさすがに大げさっすねw という自分はしっかりいるのですが、仕事が変わる時期でもありましたし、少しは借りていたんだろうなぁというセンチな感情に浸っているところです。観戦しているときはこちらも無自覚で無邪気ですからね。きっとそれが借りた物なのでしょう。

亡くなってしまった分は、こうして語っておくことで次に繋がればよいのかなと思っているところです。関係者と異なり、ほどよい距離なら好きに思い入れられるのがファンならではのスタンス。引き続き、お気に入りの名馬として楽しませてもらおうと思っています。とりあえずダービーの直線でマカヒキの背中を押すタイプではないように思ってますけどねw

こういうマイペースな表情も載せておきましょうか。ふるさと案内所のコラムです。
カネヒキリを訪ねて~優駿スタリオンステーション | 馬産地コラム | 競走馬のふるさと案内所

ゆっくり休んでください。ありがとう。


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